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君と僕は、奏でるように新世界を物語る。  作者: 舟津湊


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 現在。

 この合宿が始まって三日目の午前だ。予定では今日を入れてあと五日。ベーシック・ワールドのデザインを終えるのに、この時間が短いのか長いのか正直よくわからない。ただ、瞑が大きな問題を抱えてしまったことが作業の大きな妨げになることは大いに懸念される。

 だからといって、瞑は舞を探し、僕が一人で作業を引き受ける、と分業してもうまく行く気がしない。別にこの研修センターに居残りしても構わないが、予定されている合宿期間内に全てを解決しておかないと関係各方面に迷惑がかかるだろう。

 いずれにしてもパートナーの瞑の状況や意向も考慮することが大前提になる。


 探すまでもなく、メインルームに入ってすぐのテーブルにサポーターの沢井さんと加藤さんが座っていた。

「お待たせしてしまってすみません。申し訳ありませんがミーティングの時間、もう少し後ろにずらしてもらえますでしょうか? 瞑、いや城崎さんが来たら少し事前に話しておきたいので」

「ああ、構わないけど、城崎さんなら、もうあそこいるよ」

 そう言って加藤さんは薪ストーブの横を指さした。

 ローテーブルとソファがセットになった席に座り、瞑はデブ猫を撫でていた。


 あと二十分ほど時間をくださいとサポーターの二人にお願いして、瞑のいる場所に近づく。

 人が近づく気配を察知したのか、『絶対服従』のポーズで撫でられていた肥満猫は素早く顔を上げ、僕を一瞥した。瞑は猫の視線を追い、僕の姿を見つけた。

「具合はどう?」

 瞑の調子があまり芳しくなければ、午前中の打ち合わせや作業をキャンセルせざるをえないだろう。

「こうやってこの子を撫でていたら、だいぶ落ち着いてきた……仮想世界の猫カフェもよかったけどね」

 そう言って彼女は少し笑みを浮かべた。

 いつも寝っ転がってばかりなのに、なんでコイツはここにいるんだろうと謎だったが、心身が疲れた人を癒やす役割を担っているのかも知れない。夕べは少し冷えたせいかストーブには薪がくべられ、チロリと赤い炎が見えた。瞑は猫を撫でながら、半ば放心した視線をその炎に戻す。 

 このソファ席は二人がけで薪ストーブの方に向けてある。瞑と並んで座るしかない。彼女は少し横にずれ、僕と少し間を空けて座れるスペースを作った。


「この後、瞑にいくつか確認した後、沢井さんと加藤さんに今までのことを話しておこうと思うんだけど、どうかな? もちろん内密でってお願いして」

「いいけど、お二人には湯沢君から話してもらってもいい? 私からだと、かなり主観的な話になるし、所々記憶が飛んでいるもの」

「うん、いいけど、補足や誤りの修正などは頼むよ」

「わかった。でもね……この話をサポーターさん二人に留めておくというのは難しいと思うよ。担当業務で起きていることは、上長に報告しなくちゃいけないだろうし、ひょっとしたら『おもしろいデータが取れた』と言って千堂先生ルートから黒川プロデューサーに報告があがるかも知れないし」

「うーん、プライバシーに関わることだからその辺はどうなのかな」

「あなた、契約書をよく読んでないから知らないと思うけど、個人情報に関わるデータの取り扱いに関して、プロジェクトチーム内で共有できることが契約内容条件に盛り込まれているの……私は別に構わないけど」

「え、そういうもんなの⁉」

「そういうもんよ……ところで、確認したいことって何?」

「えーと、瞑から命じられた『三つの宿題』の答えの確認なんだけど」

「そういえば、そんな話していたわね」

 瞑は宿題をしっかり覚えていて厳しく回答を求められると思っていたので拍子抜けした。それでも僕はパソコンの画面を彼女に向けて話す。

「……宿題は次の三つ。

①舞のキャラクター形成に関するデータはどこから来ているかを突き止めること。

②『ボクはいつも瞑の中にいる』と言った、舞の真意を確かめること。

③この仮想世界で生み出されたキャラクターはどこにいて、どうやったらコンタクトできるのかを調べること。

「そうね、そうだったわね」

「……で、③からなんだけど、サポーターの加藤さん基本的にベーシック・ワールドにいると言っていた。でも舞さんの場合は、瞑のアカウントが適用されて、テーマ・ワールドも自由に入れてしまうことがわかった」

「その通りね」

「それと今日の千堂先生の検査結果と併せて①②を考えると、なんだけど」

 瞑は猫を撫でる手を止め、「あっ」と小さな口を開けた。さすが察しよく、僕の言いたいことがわかったようだ。

 僕は続ける。

「①については、恐らく、瞑の右脳の『舞さんの領域』をあの『冷○ピタ』がスキャンして読み取っているんじゃないかと思う」

「……ということは、②も同じことね」

「そう、『ボクはいつの瞑の中にいる』という彼女のコメント、これは千堂先生の検査結果から裏づけられた」

「……そういうことよね」

 瞑は再びデブ猫の毛を撫で始めた。僕は彼女の表情をうかがい、続ける。

「その……舞さんのことなんだけど、それぞれ出てきた場面ごとに整理しておきたい」

「どういうことかしら?」

「まずは、『異種交流ワールド』の舞さんについて。君から聞いたストーリーからも『AIロボの中のナビ子さん』は、AIによって生成されたノンプレイヤーかと思っていたんだけど、そうじゃなくて『瞑のアカウント』で入った舞がプレイヤーだったんだ。君がログインしていれば、『舞さんの脳の領域だけ』を『冷○ピタ』でスキャンして読み取ることができる。つまり、一つのアカウントで二人が別々にログインしていることになる」

 瞑は伏せていた目線を上げて、僕を見つめる。

「次に、『貫頭衣ライフ』の世界で出会った舞さん。僕たちが彼女に会った時は既にあのテーマ・ワールドにいたので、これまたノンプレイヤーかと思ってたけど、瞑も既にベーシック・ワールドにログインして舞さんを探し回っていたので、やはり『冷○ピタ』でスキャンが可能なんだ」

「じゃあ、『陰陽幻想曲』の世界ではどうなの?」

「これは僕がその場にいたわけじゃないから、かなり推測が入るけどね。ログアウトしたときに、リアルの世界では舞さんの人格が君の体に出てきたので、君自身は仮想世界で迷子になってしまったかのように思えた。でも実際そうじゃなくて、彼女が君を探そうと仮想世界にログインした時に一緒に君もログインし、なんの弾みか『陰陽幻想曲』の世界に放り込まれた。それを舞さんが探し出し、君をあの世界から救い出したんだと思う」


 瞑は、薪ストーブの小さな炎を見ながら一分ほど黙り込み、そして呟いた。

「私と舞は、いつも同時に仮想世界にログインして、別々に行動していた……」

「そいうことだね。多分表示されるアカウントIDは瞑も舞さんも同じだと思う」

「じゃあ、あっちの世界に行ったら、私と同じIDを検索して探せば、舞が見つかる」

「多分そうだと思う。この後時間を見つけてログインして探そう……その前に、沢井と加藤さんに話をしておかないと」


 デブ猫を解放し、瞑と僕はサポーターさん二人が座る席に移動した。ベーシック・ワールドの工期にどれだけ遅れを取っているかが心配だが、現状を共有して、場合によってはスケジュールの見直しをお願いしなければいけないかも知れない。


 僕は、時々瞑からの補足とツッコミを受けながら沢井さんと加藤さんに説明した。

 瞑には双子のお姉さんがいたこと、原因はよくわからないが、瞑の脳に舞さんの思考領域があること、仮想世界では、それが冷○ピタによって読み取られ、彼女のキャラクターが現れたことをなるべく詳しく話した。瞑を『陰陽幻想曲』のテーマ・ワールドから救い出した後、彼女はいなくなってしまったことも含めて。

途中途中お二人から質問があったので、説明には一時間くらいを要した。


 二人はしばらく黙っていたが、加藤さんがまず口を開いた。

「この『世界生成AI』の機能ゆえに起きた現象なんだろうけど、お姉さんの脳の領域が一部城崎さんに宿っているというのは、科学者の端くれとしては今ひとつ信じがたいな」

 沢井さんがそれを制す。

「その辺は、千堂博士の研究領域だから、私たちがとやかく言うことじゃないと思うけど。で、お二人、双子のお姉さんを探したいよね?」

「はい。ぜひ」

 舞はきっぱりと言い切った。

 加藤さんがいつになく真剣な表情でそれに応じる。

「ちょっと酷な言い方になるが、これは少なくない予算をつぎ込んだ国家プロジェクトだということは理解してもらっていると思う。その中でも君たちはベーシック・ワールドという根幹部分のデザインを任されている。僕たちも全面的にサポートするが、それを最優先させなけらばならないことは、忘れないで欲しい」


僕は少し迷ったが、やっぱり言っておくことにした。サポーターさんの理解を得るためにも。

何よりも瞑に安心してもらうために。


「はい。それは十分承知しています。それに、ベーシック・ワールドの仮のデザインコンセプトは城崎さんとだいたいまとめつつあります」

 瞑は驚いて僕の顔を見た。

 僕はなるべく平静を装う。


「わかったわ。できれば明日中くらい、どんなことを考えているか教えてね」

 少し安心したように沢井さんが答えた。


「ちょっと失礼」

 加藤さんのパソコンに何かアラートが出たらしく、その話はそこで終わった。


「ねえ、あんなこと言っちゃって大丈夫なの?」

 瞑が肘で僕をつつき、ヒソヒソ声で問いただす。

「ハハハ、半分ハッタリ」

「ちょっと!」

「だから、半分はハッタリだけど、半分はマジ」

「ほんと? あとで聞かせてちょうだい」


確かに僕には腹案が無いではなかった。それは、この合宿中にいろいろと起きたことを通じて得たヒントだ。もう少し煮詰まったら、まずは瞑にぶつけてみたい。


 パソコン画面を神妙に注視していた加藤さんが顔を上げた。

「城崎さんのアカウントなんだけど、奇妙なことが起きてた」

「何でしょうか?」

 瞑が不安げな表情になる。

「なぜか、アカウントIDが複製されていたんだ。一つは元々発行されていた『本ID』。そしてもう一つは、『_copy』という、複製されたことが示されているIDだ」

 これは、恐らく瞑とまったく同じプロフィールの舞が同時にアクセスした時に『何らかの理由で同一人物が同時にログインした』として作成されたアカウントなのだろう。これによって、瞑と舞さんが同時に仮想世界に存在することが可能になっているのだろう。僕が考えている仮説の裏づけではないだろうか?


「ネットワーク管理機能で『同一人物がアクセスする』という矛盾排除コマンドが働いて、複製の方は削除されたし……複製ブロックも設定されたから二度と複製されないだろう」

 加藤さんが安心した表情を浮かべてつけ加えた。


 僕と瞑は驚いて顔を見合わせた。

 問題大アリだ。

 アカウントの複製が無くなってしまったら、多分二人が同時に仮想世界に存在することができなくなる。瞑と舞さんが面と向かって話し合う場が消えてしまう。


「あの、その複製ブロックって、解除は難しいんですか?」

 慌てて質問する僕に、加藤さんは訝しそうに答える。

「ああ、こういうエラーがあると自動でセキュリティーレベルが上がってしまうから、解除は難しいだろうな」


 何か打開策はあるの?

 瞑が無言で僕に問いかけている。


 ここは、とにかくミーティングを早めに終了させて、瞑と策を練ろう。

「沢井さん、わかりました。明日夕方までに、ベーシック・ワールドのコンセプト案と計画概要をお話できるようにします。今日はこれから城崎さんとベーシック・ワールドにログインして、現場を確認しながら計画の打ち合わせをしてきます」


「わかったわ。楽しみにしてる。あと、城崎さんのお姉さんのことを話してくれてありがとうね。私たちも何かできることがないか考えてみる」


 瞑と僕は深々と頭を下げて、メインルームを後にした。当初の僕の思惑では、瞑と二人でベーシック・ワールドにログインして、サポーターのお二人に協力を仰ぎ、瞑と『同一のアカウント』が出現する場所をメッセージしてもらう算段だったが、それが出来なくなってしまった。


 メインルームを出ると、瞑が僕の手をグイと引っ張った。

「ど、どうした?」

「考えがあるの……イチかバチか」

「え⁉」

「とにかく宿泊棟に戻って。ベーシック・ワールドに入るから」

「行き先は?」

「私の家。湯沢君にも行動履歴が残っているはずだから、それを使って現地集合よ」


 何が何だかわからなかったが、全速で宿泊棟に向かって走る瞑を追いかけるしかなかった。



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