大げさな表彰式
どのチャンネルに変えても、テレビではCOPに参加している先進・振興国の緊急温暖化対策会議のニュースばかりやっている。もはや各国まかせのCO2・メタン削減では、とうてい深刻な地球温暖化を食い止めることはできない。昨夜は夜を徹して共同声明がまとめられ、早朝の記者会見で『参加国が足並みを揃え、抜本的かつ大胆なアクションをとる必要がある』という声明の主旨が発表された。
「その具体的な方策について、会期を延長して首脳レベル、実務レベルそれぞれで突っ込んだ議論が行われたようですが、その内容は明らかにされていません」
猛暑も過ぎ去った九月の朝なのに、びっしょり汗だくな記者の現地レポートが終わると、画面はスタジオに切り替わり、アナウンサーが『環境政策に詳しい』という専門家に、このサミットの成果と、議論されたであろう温暖化阻止の具体策への見解を求めた。
「誠、そんなだらだらテレビ見てないで。表彰式に遅れるわよ。早く朝ご飯食べちゃいなさい」
別にダラダラしているわけではない。この深刻な状況をしっかり認識したうえで日本、いや世界の行く末を案じていたのだ。と頭の中で反論し、お母さま手作りのBLTサンドを頬ばり、紅茶で流し込む。BLTといいながら、うちのはベーコンじゃなくて生ハムだ。
歯磨き、トイレを済ませ、高校の制服に着替える。日曜なのに制服に袖を通すのは、何かいやだ。でも、式典への参加だから仕方がない。しかし、何で保護者同伴なんだ?
母と一緒に家を出、最寄りの西荻窪から中央線に乗り、四谷駅へ。
向かう先は、伝統と格式を誇る高級ホテル。今日はそこで『デジタルブンガクドットコム(略称デジブン)』という会社が主催する小説コンクールの表彰式が行われるのだ。
先ほどニュースで見ていた緊急温暖化対策会議の会場がそばにあるだけに、表彰式会場付近の警戒がモノモノしい。道路上には一定間隔で警官が配置され『パトカーと白バイと黒塗りの車』のセットが、いくつも通り過ぎる。表彰式会場のホテルに着くと、エントランス前の駐車スペースにもパトカーが何台か停まっている。表彰式の会場を探そうと『本日の催し物のご案内』と表示されているモニターまで進もうとした時、その前を長い黒髪に制服姿の女子と、その父親らしき人の二人連れが横切る。僕は母に目配せし、その親子の後をついていった。
僕はその子のことを知っている。小説コンクールの応募仲間、いやライバルだ……いや、彼女は僕のことをライバルとも思っていないかも知れない。
先を行く父娘にならい、宴会場の前の『受賞者受付』と表示されたテーブルの前で名前を告げると、母と一緒に控え室に案内された。
「ほら、もうみんな来てるじゃない」
母が小声で僕に文句を言う。
「遅刻してないから問題なし」
と返し、部屋に入る。僕らを含め八組の受賞者とその保護者だ。
その中には知り合いが何人かいる。顔は知らなくても、名前またはペンネームを知っている。僕らは、高校関連団体や投稿サイトが催す小説コンクールのファイナリストの常連なのだ。
「よお、マコト、久しぶりだな」
声をかけてきたのは、別府陽一という高校三年生。一年先輩だ。今日は名古屋から出て来ているはずだ。
「それから、準優勝おめでとうな。あ、でも俺たち、また『サキメイ嬢』にはしてやられたぜ。やっぱ、SF×ファンタジーは、スケール感出せるもんなあ」
サキメイ、とは今回の優勝者、城崎瞑のことだ。彼女はいわゆるリケジョで、右脳×左脳両輪フルパワーの知力と感性を活かして、名だたる小説コンクールのタイトルをかっさらっている。一方、別府先輩は、歴史上の人物や史実を現代社会の舞台に置き換えたフィクションの創作に定評がある。
「別府先輩、ジャンルは関係ないですよ……というか、そう思いたいです。僕が得意なのは日常系なので、スケール感でいえば、永久に勝てないっス」
空いている席に座り、テーブル上に置いてある『デジブン 第三回高校生小説コンクール 表彰式』と表紙に記された二つ折りのパンフを開く。
『受賞者一覧』
グランプリ:城崎 瞑 (SF部門)
準グランプリ:湯沢 誠 (コメディ部門)
入賞(部門賞):
草津 ミコト ファンタジー部門
別府 陽一 歴史・時代部門
道後 知美 ヒューマンドラマ部門
有馬 未玖 恋愛部門
玉名 コージ 青春部門
いぶすき のぞみ ミステリー部門
本名なのかペンネームなのか定かではないが、どれも見覚えある名前ばかりだ。
各々、持ち味が活かせる部門に応募して見事に受賞している。
別府先輩からサキメイと呼ばれた城崎瞑は、部屋の端のテーブルに(多分)お父さんと並んで座り、何人もの受賞者からお祝いの言葉をかけられている。彼女は軽く微笑んで『ご丁寧にありがとうございます』と返答・お辞儀を繰り替えしている。
表彰式の時間となり、係の方が来て僕らを会場に誘導する。保護者は後部の関係者席に案内され、受賞者は中央の通路を通り、拍手に迎えられながら、壇上に上がった。中央に置かれたポディアムの後ろに一列に並べられた座席に着いて場内を見渡すと、客席は百席くらい。審査員や来賓関係者とおぼしきスーツ姿の人々が前列に腰かけている。
小説コンクールの表彰式には中学時代からいくつか出席したことがあるが、こんなに盛大な式に出たのは初めてだ。だいたい、いつもは出版社や運営会社の社内の会議室で催され、関係者を入れて多くて二十~三十人の規模だ。『当社のウェブサイト上での発表・講評と、賞品の発送をもって表彰式に代えさせていただきます』というコンクールも多い。
そんな名誉ある賞をもらえたのかと誇らしい反面、多少違和感も感じる。だいたい、保護者同伴が必須の表彰式なんて初めてだ。それに、このコンクールに応募したのは昨年の秋。発表は一年後の今。審査期間もやたらと長かった。
マイクスタンドの前に女性の司会者が立った。
「ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。ただ今より、デジタルブンガクドットコム 第三回 高校生小説コンクールの表彰式を執り行います」
まず、主催者であるデジブン社の社長が小気味よくかつ端的にあいさつし、僕たちにお祝いの言葉をかけてくれた。
「続きまして、今回ご協賛いただきました各団体様を代表して、環境大臣の木村権八様よりご挨拶いただきます」
恰幅のいいスーツ姿の人が壇上のポディアムを両手で掴み、話し始める。え! あれ、この人、今朝の緊急温暖化対策会議の記者会見で喋ってた人じゃないか。
「えー、壇上に着席のみなさん、このたびは、栄えあるコンクールの受賞、おめでとうございます。
(長かったので途中省略)
今朝の緊急温暖化対策会議の記者会見でもお話ししたとおり、地球の温暖化は非常に深刻さを増しております。もう一刻の猶予もありません。先進・振興各国が、自国の利害よりも世界の利益を優先させ、あらゆる手段を講じていこうというのが共同声明の主旨であります。そして、その手段の一つとして、受賞者皆様の力をお借りしたい。今回のコンクールのテーマの通り、皆様の想像力が新しい世界を創るのです。(長かったので以下略。)」
環境大臣の挨拶に続き、協賛団体として出席者が紹介される。
経産省、外務省の事務次官、国立大学のAI研究所やゲノム研究所の所長、コンピュータ会社の開発部門の責任者、メタバース空間を提供しているITベンチャー企業の社長など。
ん? 僕たちの作品が、温暖化対策と何か関係あるのか?
モノモノしい表彰式と、環境大臣のお言葉。そして協賛団体の顔ぶれ。僕の中の違和感のカタマリが大きくなってくる。
「それでは、受賞者の発表と講評に移らせていただきます。お名前を呼ばれましたら、ステージ中央までお越しください。発表と表彰状の授与は、文部科学副大臣、早乙女まどか審査委員長よりお願いします」
「なにこの豪華なキャスティングは?」
僕は壇上で隣に座る、やはり小説コンクール常連の、草津ミコトにひそひそと話しかける。ミコトは小学時代、学習塾で一緒だったこともあり、腐れ縁が今日まで続いている。
「あんた、また募集要項とかちゃんと呼んでないでしょ。その様子だと、このコンクールの目的もマトモに知らないんじゃない?」
ミコトに白い目で睨まれた。さすがにテーマと字数と応募ルールくらいはしっかり見るが、そこに書いてあることにあまり縛られたくないので、その他の項目はざっと目を通す程度。そして忘れる。
中央のポディアムに立った早乙女副大臣が口を開く。
「受賞者の皆様、このたびは誠におめでとうございます。ご承知の通り、今回のコンクールのために設定されたテーマは『身を置きたい時空で奏でる物語』でした。漠としたテーマで苦労されたかも知れません。なぜこんなテーマにしたかは、このあとのオリエンテーションに参加してもらえれば、納得いただけると思います……それはさておき、皆様それぞれの得意ジャンルでこのテーマにしっかりと向き合っていただきましたね。小説の舞台設定とそこで繰り広げられるストーリー。どれも本当に魅力的なものばかりでした」
背後に座る僕たち受賞者の方を振り向きながら、副大臣はコメントを続ける。
「受賞作品はすべて書籍化され、多くの方々に読まれることになるでしょう。でもその前に、受賞者の皆様にはまだやっていただくことがあります。募集要項にも記載されているように、皆様が描いた時間・空間を仮想空間に再現してもらいます。今回協賛いただいている団体の皆様との共同プロジェクトが始まるのです」
並んで座っている受賞者の一人が『あー、なるほど』とつぶやいた。僕は左右を見回して、受賞者の反応を見る。みんな副大臣のコメントにそれほど驚いている様子ではなかった。『初めて知った』いや、募集要項を見落としていたのは僕だけか。
ミコトは僕の顔をのぞき込み、ニヤニヤ笑っている。
受賞の通知が届いたとき、小説コンクールにはさほど興味を示していない母が珍しく『あんた、このコンクールのことわかってんの? 受賞者になったけど大丈夫?』などとしつこく聞いてきたのが、そういうことだったのか。
副大臣はそこまで話すと、ステージ後ろの壁に設置されているスクリーン指さす。スクリーンには『受賞者の発表と講評』という文字が映し出されていたが、それが切り替わった。
“世界生成AI”
一瞬、会場からどよめきの声があがる。副大臣は続ける。
「このコンクールの募集開始当初は、このキーワードはありませんでした。今回コンクールのグランプリを受賞された、城崎瞑さんの作中に出てきた言葉を使わせてもらっています。また、みなさんの物語を仮想世界に実現する方法も、私たちが検討してきたプランは、城崎さんの作品を参考にブラッシュアップさせてもらいました」
おお、という喚声が起き、カメラのフラッシュが受賞者席の真ん中の城崎瞑をまばゆく照らす。彼女はといえば、目を伏せ、特にこれといった感情が読み取れない面持ちで座っている。受賞者の列からも『すげー』『レベル高すぎ』『こら勝てないわ』などの声が漏れる。
「受賞者の皆様には、今後お願いしたいことと、そのスケジュールについて、この後のオリエンテーションで詳しくお伝えします。あ、でもその前に豪華なランチ会があるので楽しみにしててね!」
と茶目っ気たっぷりに僕たちに目配せし、副大臣はスピーチを終えた。
以下が、司会者が読み上げた受賞者の名前と講評だ。
入賞(部門賞)
◆ミステリー部門:いぶすきのぞみ
タイトル:オムニ・ミステリーチャンネル
講評:
一人の男が、推理小説からハードボイルド、警察もの、スパイものからサスペンスドラマまでエンターテイメント性たっぷりの世界を体験する連作ショート集。次の展開が読めないストーリー展開、ユニークな謎解きのプロセス、短編をまたいで張られた伏線の心地よい回収。そして、裏の裏をかく意外な結末。仮想空間を利用してゲーム感覚で十分に楽しめる内容となっている。
◆青春部門:玉名コージ
タイトル: Start Over
講評:
特にコロナ禍に青春時代を送った若者は、学校での生活、仲間との心のふれあい、夢の実現、そして初恋など、青春ならではのイベントに参加できず悔しい思いをしているはず。群像劇で繰り広げられる、かけがえのない青春の舞台は、中高年層にとっても貴重な追体験の場となるであろう。
◆恋愛部門:有馬未玖
タイトル:アノニマス・カップル
講評:
敢えて主役のカップルの年齢、性別は明らかにせず、読み手の想像力と価値観によって二人の人間像が変わってくる。その表現テクニックは珠玉。高校生とは思えない人間の観察力と、心情を読み取る洞察力に感服。性と生き方の多様性を暖かく見守り・育てる人間社会のあり方に希望と可能性を感じさせる。
◆ヒューマンドラマ部門:道後知美
タイトル:機械ジカケの俺とお前
講評:
主人公の老人と、彼が利用している介護サービス用のヒューマノイドとの交流の物語。そのAI搭載ロボットは、リアルの介護施設で老人を担当しているスタッフをモデルに生成されていた。はじめは『ただの機械だ』と心を閉ざし、対話を頑なに拒んでいた老人が、あるハプニングをきっかけに打ち解け合い、お互いがなくてはならない関係に。これから議論が高まるであろう人間とヒューマノイドの関係に一つの答えを提示した。
◆歴史・時代部門:別府陽一
タイトル:貫頭衣ライフ
講評:
日本の弥生時代のような異世界に転生した、女子高生の異世界生活体験記。そこでの暮らしを通じて人間が持つ魅力や弱さに気づき、成長していく物語。弥生時代を徹底的に研究し尽くして設定した舞台と、そこでの人々のくらしが生き生きと描かれており、時代を超え、人間の普遍的な幸福とは何かを考えさせられる。
◆ファンタジー部門:草津ミコト
タイトル:陰陽幻想曲
講評:
残忍な手段で仲間を殺されたダークファンタジー界の暗黒のヒロインが、魔物の力で別のファンタジー世界に送られてしまう。そこは明るく希望あふれる場所だったが、ヒロインは、元いた世界が恋しくなり、帰還する。悲劇と喜劇、不幸と幸せの表裏性を提示している。
両手に表彰状や賞品を抱えて席に戻ったミコトの肩を指でちょんちょんつついて話しかける。
「おい、ミコト、今回のテーマは、『身を置きたい時空で奏でる物語』だろ? 普通、ダークな世界に身を置きたくないんじゃない?」
受賞者の作品は一通り目を通したが、ミコトの作品で展開される世界観が何で審査員に評価されたのか、いまいちようわからん。
「うっさいわね。あんたみたいにラブコメばっか書いている人には、闇落ちの美学なんて、何度説明してもわかるわけないでしょ! ほら、呼ばれてるわよ。早く行きなさい!」
司会者が僕の名前を呼んだ。あわてて席を立ち、ステージ中央に進む。
向かい合った審査委員長は、優しく微笑み、表彰状を読み上げる。
「デジタルブンガクドットコム 第三回高校生小説コンクール 準グランプリ コメディ部門 タイトル『ボクの彼女はラブコメのテンプレを超越する』(クスッ)湯沢誠殿。あなたは、卓越した想像力と表現力で読者を魅了する作品を創り上げ、小説の可能性を大きく拡げました。よってここにその栄誉をたたえ、これを賞します。 令和八年九月七日 デジタルブンガクドットコム 第三回高校生小説コンクール 審査委員長 文部科学副大臣 早乙女まどか。おめでとう」
作品タイトルを読み上げる時、審査委員長、クスッと笑わなかったか?……続いて司会者が講評を述べる。
「湯沢誠君の作品は、音楽好きな高校生カップルの微笑ましく暖かな学園生活のシーンを日常系ラブコメディらしく切り取りながらも、物語の後半ではヒロインが抱えるシリアスな問題に主人公が勇気を持って立ち向かう様を描く。二人が再会するクライマックスシーンの演出はお見事でした。これ以上はネタバレになりますので、気になる方は受賞作品をご覧ください」
会場の笑いを誘いながら、僕の作品評を伝えてくれた。
「さあ、いよいよグランプリの表彰です。デジタルブンガクドットコム 第三回高校生小説コンクール グランプリ SF部門 タイトル『六歳の誓約』 城崎瞑さん、ステージ中央までお進みください」
席を立った城崎瞑は、特に緊張したり喜ぶ素振りも見せず、審査委員長と向かい合う。表彰状が読み上げられ、楯や副賞の目録が手渡される。満場の拍手。司会者が講評文を読み上げる。
「城崎瞑さんの作品では、『死別した大切な人にもう一度会いたい』という主人公の強い想いから、研鑽を重ね、遂に再会を果たします。苦難の道のりと、その先にある喜びを実にドラマティックに描き切りました。この作品で試みられた、先端テクノロジーの融合やバーチャル空間の設定は、当コンクールの協賛団体が推し進めるプロジェクトの参考材料としても、大いに役立ちました」
目が眩むほど沢山のフラッシュが焚かれる中、「右左脳の姫君」は少しだけ笑顔を見せ、表彰状を受け取った。
司会者から表彰式の閉会を告げられ、僕らは係の方に控え室に誘導される。その道すがら、歴史・時代部門受賞の別府先輩が話を振ってくる。
「なあ、湯沢。募集要項を読んでも、さっきの審査員長の話を聞いても、俺たちの小説と温暖化対策がどう関係あるのか、いまいちわかんねーだけど」
「別府先輩に分からないんなら、募集要項斜め読みの僕にわかるわけないですよ」
僕が抱いていた疑問をそのまま投げかけられ戸惑うばかりだ。
「だいたい察しがつくわ」
そう答えたのは、僕らのすぐ後ろをついてきていた、グランプリ受賞者、城崎瞑だ。
「ええ! わかるの?」
「多分、だけど。……国は、いえ世界は、バーチャル空間への移住を考えているのよ」
「?」
僕はその破天荒な答えに、ますます混乱する。
「この後のオリエンテーションを聞けばわかるわ」




