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瞑と舞の秘密

 冷○ピタ、アイマスクをはずし、パジャマから私服に着替えると(すべて正式名称はすぐに思いつかない……)、ベッドを降りミコトのスマホに電話した。

「こっち来てもいいよ」との許可をいただき、別府先輩と一緒にミコトと瞑の宿泊部屋に向かう。

 ドアをノックすると『入って』と応答があり、僕たちは恐る恐る中に入る。ミコトたちも既に着替えていて二人がけの椅子テーブルセットに腰かけていた。


「よう、瞑。具合はどうだ?」

 別府先輩が明るめのトーンで声をかけるが、軽く手を上げてミコトはそれを制し、自分から瞑に話しかける。

「あのさ。こんな聞き方して申し訳ないんだけど、今のあなたは瞑なのかしら? 舞なのかしら?」

 ミコトは、いつもより明るく優しいトーンで声をかけた。向かいあって座っている黒髪をアップにしたままの女の子が弱々しく答える。

「私は……残念だけど、瞑……舞はここには、いない」

 仮想世界での猫カフェでもそうしていたように、両手で顔を覆う。

「私の前には二度と現れてくれないかも知れない」


「瞑、さっきまで舞さんが心配して君を探していた。多分まだ心配していると思う。お互いに探しあっていれば、会えるんじゃないのかな?」

 当て推量っぽいが、僕の精一杯の慰めの言葉だ。


 別府先輩がパチンと手を叩いて再び聞く。

「瞑、具合はどうだ? 歩けそうなら、誠たちに千堂先生のところに連れていってもらったらどうだ」

 瞑は小さくうなずき、立ち上がった。少しよろけたが、ミコトがすぐに手を差し伸べ、支えた。

「じゃあ行こうか。マコト、あんたもついて来て」

「わかった。その前に僕たちのサポーターの沢井さんと加藤さんに簡単に状況を説明しておくよ。先に行ってて」

「俺はよ、サポータさんと、悪魔っ子の世界の追加修正の希望を話し合っておくから、落ち着いたらミコト、打ち合わせに合流してくれ」

 部屋を出ながら別府先輩がミコトに声をかけた。

「うん、わかった。何せ陰陽幻想の世界は、改善の余地大アリだかんね」


 僕はメインルームに向かい、既にテーブルで話し合っている沢井さんと加藤さんを見つけ、簡単に状況報告をした。千堂先生に瞑の脳波などの検査結果を聞くこと、テーマ・ワールドで瞑が少し刺激の強い体験をしたので、併せて先生に診てもらうこと、状況がわかったら改めて報告することなど。

 沢井さんと加藤さんには、いずれきちんと話をすべきだと思っている。お二人に状況をちゃんとわかってもらえれば、色々と手を貸してくれるかも知れない。


 メインルームを出て、医務室に向かった。

 階段に向かう通路の曲がり角であやうく誰かにぶつかりそうになった。


「おっと、気をつけてくれ」

「あ、すみません!」

 その人は大きな段ボール箱を抱えていて顔が見えなかったが、箱を脇に降ろしたので誰だか判明した。この『新世界創造プロジェクト』のプロデューサー、黒川拓真さんだ。一旦東京に帰ったはずだが、また戻ってきていたのか。

「何せね、この中には精密なメカで、重要機密なシロモノが入っているからね。台車で運んだ方がよさそうだな」

 それを聞いて僕は再び謝り、この研修所の事務所に行って台車を借りてきた。……でも、このプロデューサーさん、重要機密とかすぐに喋りたがる人だとつくづく思う。

 段ボール箱を慎重に持ち上げ、台車に乗せるのを手伝った。意外と重くない。

「おお、ありがとう! 君は、ラブコメの湯沢誠君だね」

「は、はい」

 『ラブコメの湯沢』という覚え方をされていたのは複雑な心境だ。

「じゃあ、急ぎますんでこちらで失礼します」

 僕は踵を返して階段に向かおうとをしたら、黒川さんの声が追ってきた。

「君は、コレがなんだか気にならないのかい?」

「ええと、少し気になりますが、機密事項ということなので……」

「ああ、そうだったな」

 ……何か喋りたそうだ。この人、今までも色んなプロジェクトで情報を漏らしまくってたんじゃないだろうか。

「いずれ、君たちにも見せるよ……仮想世界の仲介役をね」

「仲介役?」

「そう、英語で言うとアンバサダー」

「そ、そうですか……ありがとうございます」


 僕は瞑のことで頭がいっぱいだったので、しばらくこのやりとりは忘れることになった。


 医務室の前に着き、指示通りにドアフォンを鳴らすと『湯沢くんね、入って』と許可を貰えたので中に入る。

 天井から仕切られているカーテンは全部開けられており、昨日ここに来たときよりもずいぶん広く感じる。

 瞑はベッドに腰かけていて、向かい合って千堂先生が椅子に座り、その隣りの丸椅子にミコトが座っていた。先生はこちらを見ながら聴診器をはずした。

そして僕も含め三人に聞こえるように『健康状態は問題ないようね。安心していいよ』と診察結果を伝えてくれた。


 先生は、四人掛けのテーブル席に座るように僕たちを促す。僕が先生と横並びになって座り、瞑とミコトと向き合う。先生に頼まれ、卓上に設置されたモニターのケーブルをノートPCにつないだ。

 映し出されたのは、頭部のレントゲン? MRI? の画像と、何やら波形がいくつか記録されたグラフ。


「昨日ね、城崎さんの脳を検査させてもらい、色々と面白い、じゃなかった興味深いことがわかったの」

 僕とミコトは顔を見合わせた。今、この先生、面白いって言ったよね? 一方、瞑はうつむき加減で表情がいまいちわからない。

「ちょっと長い話になるけど、順を追ってなるべくわかりやすく話すわね」

 その前にと、ウォーターサーバーから紙コップに水を入れて僕たちに配ってくれた。

「あの、これ、僕やミコトが聞いていてもいい話なんですか?」

 僕は念のため先生に確認する。

 先生が瞑に視線を送ると、彼女は小さくうなずいた。

「はい、この二人には一緒に聞いて欲しいです」

「だそうよ。でもくれぐれも内密に」

 僕とミコトはわかりましたと声をそろえる。


「君たちは、生物でも習ったと思うけど……人間の脳は右脳と左脳に別れていて、それぞれ機能が違うって聞いたことあるよね?」

 三人ともうなずく。何せ、ここにいらっしゃる城崎瞑さんは『右左脳の姫君』という通り名があるくらいだ。

「科学的・構造的にはまだ明らかになっていないけど、心理的な実験からは、右脳は直感的な思考、左脳は論理的な思考を得意としているということがわかっています……これはどういうことかわかる?」

 先生の質問の意図がよくわからないが、アイコンタクトして僕に答えを求めているようなので、一応答えて見る。

「頭の中に違う性質の脳が二つ存在している、ということですか?」

「そう!その通り……そしたら、何が起きるかしら?」

 流れで僕は答える。

「右脳と左脳の違うキャラがぶつかり合う」

「そうそう、面白い答えね……でも、普通はそうはならないよね?」

「まあ、そうですね」

「それは、脳梁のうりょうと呼ばれる、神経の束が右脳、左脳を連携、統合させていて、ひとつの人格にまとめ上げているからなの」

「じゃあ、個人個人の右脳と左脳の特性と脳梁のまとめ具合で、人それぞれの能力や個性が変わってくる、ということでしょうか?」

 ミコトが割り込んできた。

「あなた、できる子ね! そういうこと。やたら感受性が強くて創作力がある人、無茶苦茶ロジカルシンキングな人、冷静沈着な人がいきなり感情を爆発させたり……そういう特徴や矛盾点があることが人間の強さであり、弱さであり、魅力でもあると言っていいと思うわ」

 多分千堂先生はこういうテーマの研究や実証実験をやっているのだろう。とても嬉しそうに話す。


 瞑がチロリと僕を見る。これは「わかってるでしょ、だから何か言いなさい」という合図だ。

「あの、大変興味深い話ですが、瞑……城崎さんの話とはどう関係するんでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい。話を戻してくれてありがとう」

 女医は紙のコップの水を少し口に含んでから話を続ける。

「これは昨日の午前、城崎さんが『異種交流』のテーマ・ワールドにログインしているときの計測データよ。脳に流れる、わずかな電気信号をわかりやすく図示したのが、この赤い所。この赤いのが多い箇所の脳細胞が活性化していると考えていいわ」

 先生は、頭部の断面図に赤い点々が多く分布している箇所を指で指し示した。赤い点々は、右脳の真ん中の下の方に多く分布している。次に、別ウィンドウの折れ線グラフの赤い線を指した。こちらは不規則にギザギザしている。頭部の断面図には、知っている女の子の脳や眼球まで投影されているので、直視していいのか少し罪悪感を覚えた。瞑本人を見やるとまったくそういうことを気にしている気配は無く、興味深く画面を凝視している。

「そしてこっち。昨日の夕方近く、君たちが医務室に連れてきた城崎さんを検査させてもらったものよ」

 先生は、最初に見せてくれた頭部の断面図とグラフに並べてそれらを見せた。こちらは、赤ではなく、緑色の点々や線で示されている。

「緑の方は分布している位置が違いますね。赤いのに比べると少し前の方かな」

「そう。そしてこの折れ線グラフを見てもらうとわかる通り、赤の折れ線グラフとギザギザの形状が随分違うわ」


 この説明を聞きながら瞑は、身を乗り出して画面を食い入るように眺めていたが、初めて口を開いた。

「つまり……私の脳の中に、別の人格、つまり舞の脳が含まれている、ということですか⁉」

「そうね、夕べここに連れてこられたあなたが、『舞さん』だと言うのなら、そういうことになるわね」


 瞑は立ち上がり、自分の上半身を腕で抱いた。

「私の体の中に……舞がいる?」


 その言葉に驚き、僕とミコトは目を合わせた。

 瞑は続ける。

「で、でも……舞と私は生まれてくる直前まで一緒に母の体の中にいたんです。そして……」

 その先に言葉は続かなかった。続けたくなかったのだろう。それを察してか、先生が続けてくれた。

「そうね。辻褄があわないよね。これは私にもよくわからないわ。生まれてくる直前に、何らかの作用が働いて舞さんの脳の機能が瞑さんにコピーされたのか……元々瞑さんの中にあったのか……」


 自分がこの仮想世界で蘇らせようとしていた双子の姉が、自分の中に存在していたなんて。僕も大きなショックを受けたが、瞑にとってその衝撃はどれだけのものか。


 瞑は再び席に座り直し、正面に座っている僕に向かって話し始めた。

僕の方を見ているが、焦点は定まっていない。

「確かに、時々私に話しかけてくる舞の声は、私の中で響いていた……」

 瞑は一度両手で顔を覆い、何やら思案している様子だったが再び顔を上げた。

「でも……何で私の方がこの体の『表』に出ていて……何で舞は引っ込んでいるんだろう……」


「ああ、それなら――」

 千堂先生は、瞑の表情に気遣いながら疑問に答える。

「この頭部の断面図を見てもらうとわかると思うんだけど、この赤い点々がさっき説明した『脳梁』の近辺を覆っていて、緑の点々と比べると、支配的なの」


「支配的?」

 瞑は再び立ち上がる。

「それは、私が舞の思考の邪魔をしている、ということですか?」

 それから何に気づいたのか、ハッと口を開けた。

「闇の世界で魔女の子、ペルセが言った……私が舞を表に出さないで隠し通そうとしてるって……」


 ガタンと音を立て、ミコトも席を立った。

「ちょっちょっと瞑! あんなドSの悪魔っ娘の言うことなんか真に受けちゃダメだよ」

「でも、きっとあのノンプレイヤーの魔女は、私や舞の脳のデータも利用しながら思考するAIなんだから……あの子の言う通りなんだと思う」

 瞑は再び座り、顔を覆う。

「今までの私の人生ってなんだったんだろう……ずっと舞を閉じ込めていた人生……」

 隣りに座っているミコトが瞑の背中に手をあて、さする。


「これは、あなたが意図したことじゃないでしょ。あなたは何も責任を感じることはないのよ」

 瞑の思いがけない反応に驚いていた千堂先生はそう慰め、彼女の手を握る。


「私、これからどうしていいか、わからない。闇の世界がホントにあったら、逃げ込んでしまいたい」

 その一言は重かった。

重いけど、瞑は、そして僕は考えていかなければならない。


「あのさ、瞑」

 彼女は顔を上げる。今まで見たことがないような悲しそうで悔しそうな表情だ。


「とにかく、舞さんを探し出そう」

「え?」

「舞さんに会って、舞さんの話も聞こう」

「で、でもどうやって? あの子は私の中に……」

「きっと、仮想世界で会える。君がログインすれば、多分舞さんもあの世界に姿を見せる」


 あまり根拠も確信も無かったし、彼女に会って何を話せばいいのか具体的なアイデアがあるわけでもなかったが、僕はこうした方がいい、いや、こうしなければならないと思った。


 これは、瞑と舞さん、二人と一緒に解決しなければいけない問題なのだから。



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