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ベーシック・ワールドの猫カフェ


 仮想世界と現実世界をつなぐチャットに書き込まれた舞さんからのメッセージに従い、僕は宿泊棟に戻り、モロモロのギアを装着すると秋葉原の猫カフェを検索し、ベーシック・ワールドにログインした。

 以前、現実世界のそこで瞑とデート? した場所だ。軽い衝撃のあと、足が地面に着いたのを感じとり、目を開ける。見覚えのある受付カウンターの前に僕はいた。『ようこそ、可愛いネコちゃんの世界へ!』とお店のスタッフさんが声をかけてきた。制服はリアルのお店と同じようだが、その物腰からすると、ノンプレイヤーのようだ。中にはどうやって入ればいいのか? 僕がマゴマゴしていると『ただいま試験期間につき、無料で入場できます。どうぞお入りください』とドアを小さく開け、素早く中にはいるよう、スタッフさんに促された。仮想世界の猫も抜け目なく部屋から抜け出そうとするのか?


中に入った瞬間、目の前にヘッドアップウィンドウが開き『入場料:免除』と表示された。この世界が本格的にオープンしたら、リアルでは有料の商業施設を利用する際、課金されるのだろう。

 天井から吊るされた棚で猫たちは尻尾をだらりと垂らして寝ており、床を見ても色とりどりで毛質が多彩な猫たちがゴロゴロしている。本物の猫のようによくできている。

 ウィンドウが開いたついでに、メニューボタンを押してノンプレイヤーのリストを確かめる。その数、約五万人! 昨日瞑とログインしたときは確か二百人位だったから、一挙に増えている。この猫カフェみたいにサービスを提供する店に急遽ノンプレイヤーを配置したのだろうか。

 念のため、瞑と舞さんがリストに表示されているか確かめる。プレイヤーのリストの中に瞑のアカウントネーム(Mei)を発見した。発見したというより、アカウントネームがきちんと表記されているのはそれしかなかった。あとは、謎のコードの羅列がずらりと並んでいる。知っているサポーターの方もログインしているのかも知れないが、ひょっとしたらプライバシー保護のため、公開許可されている、あるいはお互いにアドレス交換しているアカウント意外は非表示設定に変更したのかも知れない。いずれにしても、舞さん(Mai?)のアカウントネームは探しようがない。ノンプレイヤーのリストを検索してみたが、その中にも見つけることはできなかった。


 さて……猫カフェに入ったはいいものの、何をすればいいものやら。舞さんからのメッセージは確か『瞑が休めるように準備してくれ』ということだったが。

 猫たちが寄ってきた。仮想世界では、こんな僕でも『集猫体質』があるのか? とにかく、座ったり寝転んだりできるフロアにクッションを並べ始める。その作業を数匹の猫が首を左右に振って目で追っている。

 『瞑が休めるように』ということは、彼女は負傷をしていたり、疲労困ぱいしていたりするのだろうか?

 一旦部屋を出て自販機でアイスミルクティーのボタンを押す。確か、瞑はこの場所(現実世界)でこれを飲んでいたはずだ。

 カップを持って猫ちゃんたちの部屋に戻ろうとすると、不意に受付前のエレベーターのドアが開き、ドタドタと人が降りてきた。ミコトと別府先輩だ。そして瞑? が二人に両肩を支えられ、よろよろと歩いている!


「あっ誠、ここでいいのよね? 案内してちょうだい!」

慌てて部屋に入るドアを開けた。猫が一匹飛び出てきてしまったが、お店のスタッフさんが捕まえて抱き上げた。

 ミコトと先輩には、クッションをセットしたフロアまで瞑を運んでもらった。彼女用に作っておいたスペースが三匹の猫に占領されていたのでゴメンと断って手で払ってどいてもらい、クッションを枕代わりに瞑を寝かせた。彼女は意識があるように見えるが、目は閉じたままだ。


「しばらくここで休ませて、落ち着いたら一緒にログアウトするんだな」

 別府先輩が座卓にもたれ、息を整えながら言った。

 ミコトは寝ている瞑の前に正座し、心配そうに彼女を見下ろしている。

 その隣りで二匹の猫が行儀よく座って、同様に瞑を見下ろしている。


「『陰陽幻想曲』のテーマ・ワールドで何があったんですか?」

 先輩にそう聞きながら僕もミコトと猫と一緒に瞑を囲んで座る。


「アタシたちがログインした時はね、ちょうど舞さんが瞑を抱えて闇の世界につながるゲートから出てきたところ」

 確か原作によると、そこは魔女の子が闇の世界に案内する場所だ。

「俺らで瞑を引き取って、舞さんの言う通りこの猫カフェに遷移してきたってところだ」

「で、先輩、舞さんはどうしたんですか?」

 三人がここに現れた時に、舞さんの姿がなかったことが気になっていた。

「舞さんはね、闇の魔女のペルセを羽交い締めにして、私たちに逃げる隙を作ってくれたの。あの子、なかなか勇気あるので感心しちゃった」

「ミコトお前さんよう、あんなドSな悪魔っ娘よく考えたな。おかげで瞑は疲労困ぱいじゃねえか」

「やー、まさか仮想世界であれだけ陰険なキャラになっていると思わなかったわ。やっぱ、サポートさんに頼んで調整しないとねえ」


 状況がよく飲み込めないが、もう一度二人に確かめる。

「で、結局舞さんはどうしたんですか?」

 ミコトが頭を掻きながら困惑したように周囲を見まわす。

「悪魔っ娘を押さえ込みながら『先に行ってて。後を追うから』って言ってたんだけどねえ。こっちに来てないか……」


 しばらくの間、瞑が目を覚ますのと、舞さんが到着するのを待っていた。

 おもむろに一匹の茶トラが瞑に近づき、頬をポンポンと優しく叩き始めた。

 やがて瞑の口元と眉間がピクリと動き、ゆっくりと目を開けた。

 ミコトが手を貸して上体を起こし、周囲を見まわす。

「ここ……何で猫カフェ?」

「舞さんから二人で瞑をココに連れて行ってやってくれって頼まれたんだ」

 そう言って僕は彼女にアイスカフェオレを手渡した。

「あ、ありがとう」

 一口含み、瞑はまた周囲を見まわす。

「それで、舞は?」

「……先に来てないよね?後から追っかけるって言ってたけど」

 そう言いながらミコトは入口付近をチロチロと見遣る。


 瞑は飲みかけのカップを床に置き、両手で顔を覆った。

「舞は……ここには来ない」

「どうして?」ミコトが心配そうに顔を覗き込もうとする。


「私……舞にひどいこと言っちゃった」

 指の間から涙を流す瞑。既に異種間交流のテーマ・ワールドで経験済みだが、この世界でも涙を流せるのだ。ミコトが瞑の背中をさする。


 別府先輩はしばらくその様子を見守っていたが、ヘッドアップウィンドウを一旦開き、閉じたあと、ためらいがちに言った。


「なあ、一旦ログアウトしねえか? もうすぐ午前の作業開始の時間だし……確か、産業医の千堂先生の検査報告を受けるって言ってなかったか? その時に何か舞さんの手がかりが見つかるかも知らんし」


「そうですね。舞さんを探し出す手がかりが少しでもあった方がいい」

 僕はそう言って瞑の様子をうかがうと、小さくコクンを頷いた。

「じゃあ、アッチでまた会おうぜ」

 先輩のその言葉を合図に、めいめいウィンドウを開き、ログアウト作業を行う。

 僕は、瞑がウィンドウを操作してその姿が消えるのを確かめてからログアウトした。



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