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今の君は、瞑? 舞?


「ボク……瞑なの?」


 瞑は同じ問いを繰り返す。

 最初、その質問の意味がわからなかった。


 彼女は恐る恐る立ち上がり、自分の体を見下ろす。

 手を上げ、手のひらを顔の前で裏表とひっくり返したかと思うと、背中を見ようと顔を百二十度くらい回す。体が柔らかい……でも、無駄な動作のような気もするが。

 何かを思いついたようで、彼女はユニットバスのドアを開け、中に入った。

「ほんとだ。ボク、瞑になってる!」

 そう声を上げながらユニットバスから再び姿を現し、僕に近づいてきた。どうやら鏡を見ていたようだ。


「君が湯沢誠クンか。リアルで見ると、まあまあいい男だね」

「……おいおい冗談はよせよ」


 と言いつつも、なんか彼女の佇まいに違和感を感じた。絶えずリズムをとるように体を動かしているし、いつものポーカーフェイス気味の表情とは異なり、口元に笑みが浮かんでいる。

 だいたい、自分のことを『ボク』って呼ぶなんて……


 僕は、半信半疑の仮定を口にする。

「君は、まさか……舞さん、だったりして?」

「うーん、自分ではそう思ってるんだけど、どう思う?」

 どう思うって聞かれても困る。

 多分、『自分の顔をよく見て欲しい』という意図だと思うが、彼女は僕に近づき、顔と顔の距離が二十センチくらいになった。

近すぎる! そのとき。


 バーン! と部屋のドアが開いた。

「瞑、大丈夫⁉」

 ミコトが慌てて部屋に飛び込み、その後から別府先輩がそろっと部屋の中を覗いた。


「ちょっと! 何でマコトがここにいんのよ⁉」

 ミコトは僕の存在に気づき、一瞬あとずさりした。


「いや、瞑からさ、何かあった時にお互いに助けられるようにって言われて、この部屋からログインさせてもらっただけだし……」

 だんだん声が小さくなり、言い訳がましい。

 ミコトの冷ややかかつ疑いの眼差しが痛い。

 彼女は瞑(舞さんかも?)に向き直る。

「瞑、大丈夫? 何ともない?」


「うーん、多分何ともないよ。でもね、目が覚めたら誠がオッパイに顔をうずめていた」

 誤解だ、という間もなく、ミコトの張り手が僕を直撃した。

「あんた、何やってんのよ! この童貞エロ大魔王!」


 彼女は護身術でも習っているのか、僕を後ろ手にひねって制圧した。

「イテテテ! マジ不可抗力だって!……瞑、誤解を解いてくれ」


「まあ確かに、ボクが誠の上に落っこちただけだと思うよ。いや、瞑が誠クンと添い寝してたのかな? あれ、ボクが瞑だっけ?」

 瞑の証言を耳にし、ミコトは一層ボクの腕の締めつけを強めたが、やがて動きを止めた。

「瞑、ほんと大丈夫? なんか言ってることおかしいよ。言葉遣いもいつもと違うし……雷に撃たれたショック? それともマコトにエロいことされておかしくなっちゃったんじゃないの?」

 さらにグイとボクを締めた。


「まあまあまあ」

 いつの間にか部屋に入っていた別府先輩が、両手を前に出してなだめた。

「確かに、瞑の様子はちょっと変だぜ。おい誠、なんか心当たりあるんじゃないか?」

 僕だって状況がよく飲み込めていない。

「『貫頭衣ライフ』のテーマ・ワールドからログアウトして目が覚めたら、瞑はすでにこんな感じでしたよ」

 僕は彼女に向き直る。

「瞑は竜に雷を撃たれてからどうなったの?」

 話をふられた彼女は右手の人差し指であごを触り、少し考えて口を開いた。

「雷に撃たれた瞬間、瞑はそれを鏡で跳ね返してくれたんだけど、すごいショックが体に走って、ボクは思わず瞑に抱きついたんだ……そして気がついたらこの部屋にいた」

 ミコトが割り込む。

「ちょ、ちょっと待って!……今、『瞑が鏡で跳ね返した』って言わなかった?『瞑に抱きついた』って言わなかった? ……あなたは一体……ひょっとして……」


「うん、ボクは、瞑の双子のお姉さん、『舞』……だと思うよ」

 そう言うと、彼女は、さっと長い黒髪を編み込み、アップにし、ニッコリと笑った。

 その姿は、テーマ・ワールド『貫頭衣ライフ』で出会った『舞』にそっくりだった。


「「はあっ⁉」」

 目がテンになり、口をポカンとあけているミコトと別府先輩。ハニワ顔はテーマ・ワールドにログイン中でも見た。


「あ、あなた、あっちの世界でも言ってたけど、瞑の双子のお姉さんだってこと?」 

「多分ね、でも、これ以上瞑の許可なく喋っていいのかな……誠、どう思う?」


 『誠』って何で呼び捨て? ……は置いておいて、僕は今、すごく困ることを聞かれている。

『いや、瞑が冗談言っているだけだよ』と答えても、ミコトも先輩もテーマ・ワールドでの二人のやりとりを聞いているし、それはそれで嘘くさい。かといって『その通り、瞑のお姉さんだ』と答えると、無茶苦茶話が長くなるし、第一瞑のプライバシーに深く入り込んだ話になるので、彼女に断りもせずベラベラ喋るわけにもいかない。


 でも、この二人はある程度事情を知っているので、こっち側に引き込んでおいた方がいいかも知れない。

 僕は、舞さん(多分)に目配せすると、彼女は小さくうなずいた。

「あの、今の段階で話せることと話せないことがあるっていう前提で聞いて欲しいんですけど。瞑には双子のお姉さんがいたらしいです。でも……ここにいる『舞さん』が本当にそうなのか、僕にもわからない。でも、あっちの世界、つまり『異種間交流』と『貫頭衣ライフ』で会った『ノンプレイヤー』は、舞さんだと『瞑』は信じています」

 ああ、ややこしい。

 僕が何とか苦労して二人にそう伝えると『まあ、無難な説明だね』と舞さん(多分)は小さく拍手した。


「うーん、なんかわかったような、わからんような……もっと詳しく話してもらうわけにはいかないのか?」

 別府先輩の言うことも、ごもっともだが、これ以上話すのは気が引ける。

「まあ、何にしてもさ、ここには、いつもの瞑と違うキャラの女の子がいるんだからさ、今のところはマコトの説明のままででいいんじゃない?」

 ミコトは、色々事情があることを何となく察してくれているのだろう。

「でもさ、あの時、あっちの世界とはいえ、瞑も舞さんも雷に撃たれたんだから、産業医の先生に診てもらった方がいいと思うよ」

「そうだね。あのアクシデントで強制的にログアウトさせられたようなもんだから。何か体に悪影響がないか……えーっと、千堂先生だっけ、に相談しといた方がいいよね」

 僕がそう言って舞さん(暫定)を見ると、右手の親指を上げた。異論はないらしい。

「じゃあ、ここからは同室のミコトに任せていいか?」

「なーに言ってんのよ⁉ あんたが一番事情知ってるんだし、それになんかこの子に懐かれてるみたいだし。マコトが連れていくのよ!」

「わ、わかった。でも、女子がそばに居てくれた方が心強いだろうし……ミコトもついて来てくれ」

「まあそうね、わかったわ。えーと、瞑?舞さん? いいかしら?」

「うんありがとう。君は僕と同じニオイがするしね!」

 そう言って彼女はニヤッと笑った。

「はぁ? 別にキャラ被ってないと思うけど?」


 申し訳ないけど別府先輩には遠慮してもらい、舞さん(暫定)とミコトと僕との三人で、本館の二階にある医務室を尋ねた。


『必ずドアフォンを鳴らしてください』

 医務室の入り口にはそのような掲示があり、指示通りに鳴らすとスピーカー越しに『はーい、どうぞ』と女性の声で応答があり、ドアが自動で開いた。モニタカメラでチェックされているらしい。


 医務室と言っても、かなりの広さがあり、様々な医療器具や計器が揃っていて、よく病院のドラマなんかでみるICU(集中治療室)をイメージした。


 千堂先生は、奥のデスクでパソコンのモニタとにらめっこしていたが、すぐにそれを止め近づいてきた。医務室を尋ねた三人の顔ぶれを見て、眼鏡の奥で好奇の目を光らせたようにも見えた。


 僕らは部屋の入り口にある四人がけのテーブルに案内された。

「どうかされましたか?」

 病院で診察室に入ったら必ず医師から開口一番聞かれる質問からやりとりが始まった。

 僕は、瞑と一緒に『ベーシック・ワールド』にログインし、その後テーマ・ワールドの『貫頭衣ライフ』に入り、そこで起きたことを『ノンプレイヤーである舞さん』に出会ったことも含めて話した。そして、雷に撃たれてログアウトした後の瞑の様子も付け加えた。


 白衣の先生は、うなずきながら興味深げに僕の話を聞いていたが、僕が話し終わると、再び作業していたデスクに戻り、パソコンの画面をチェックした。


「詳しく話してくれてありがとう。実はね、みんながログアウトしたっていう時間帯にね、脳波の信号が大きく変化したモニターがいてね。ああ、城崎瞑さんのことだけど……気になっていたところだったの」


 先生は『ちょっとゴメンね』と言って、『暫定舞さん』の体温、脈拍をピッと測り、懐中電灯で照らして瞳孔を調べた。

「うん、異常は無いようね……じゃあね、城崎さん。少し検査をさせてもらうわ。午後に一階のテラスでも話したと思うけど、もともと検査しておきたいことがあったから、一石二鳥……じゃなくてちょうど良かったわ。そんなに大げさなものじゃなくて、夕食の時間までには済むと思うから。みなさん、検査が終わったら、私が城崎さんをメインルームまでお連れします」


 瞑(じゃなくて暫定舞さん)が少し不安そうな表情を浮かべたが、小さく頷いた。

 僕は念のため千堂先生に聞いてみる。

「先生、このことはサポーターさんやご両親には連絡するんですか?」

「うーん、検査の結果次第かな。万が一、異常が認められたら、合宿の継続の可否や、必要な処置なんかも考えなくちゃいけないし……万が一だけどね」


 僕とミコトは、医務室を後にした。

 先生の『一石二鳥』と言う言葉に科学者オーラがにじみ出ていて、ちょっと不安を感じたが、今は任せるしかない。

 ミコトはこの後、別府先輩と合流して彼女原作のダークファンタジーのテーマ・ワールド『陰陽幻想曲』にログインし、そこの舞台設定やストーリーを確認しに行くとのことだ。この二人はさっき、『貫頭衣ライフ』の世界でも同様な確認作業を行おうとしていた。そっちは日を改めるらしい。いずれの世界でもAIで自動生成されるシナリオと自分たちで考えたシナリオをマージさせて、パターンを増やす作業をするそうだ。いったいダークファンタジーの世界がどんな所か、そのシナリオがどんなものか気になるところで、ミコトに『体験してみない?』誘われたものの、とりあえず遠慮しておいた。


 僕は『あまり大したことではないですが』と強調して、サポーターの沢井さんと加藤さんに今の状況を簡潔に報告し、メインルームのカフェカウンターに一人座ってノートパソコンを開いた。


 TO DOリストに、


 ○ベーシック・ワールド

  ・空間生成

  ・基本イベントの創作


 と書き込み、どうデザインするか、この時間を利用して少しでも考えをまとめておきたかったが、何も手がつけられなかった。

 いったい瞑はいまどこにいるのか。これから瞑と舞の双子はどうなるのか。


 夕食が始まる少し前から僕はミコトと別府先輩と同じテーブルに着いていたが、ギリギリになって千堂先生が瞑(暫定舞さん)を連れてきた。医師に連れられての登場に、他の高校生メンバーも気になったようで、ちらっちらっとこっちのテーブルに視線を送っている。


「検査の結果は、明日の午前中に話せると思うわ。その時はまた、草津さんと湯沢君も付き添ってくださるかしら?」


『了解しました』と伝えると、先生は僕たちの席から離れた。

「千堂先生! 食事一緒にどうですか!」

 別府先輩が誘ったが、白衣の女医は振り返らず、右手を上げた。その手にはウィダーインゼリーが握られていた。


 今日の夕ご飯は和食。豪勢な品揃えだ。家族旅行で温泉旅館に泊まった時の食事を思い出した。

 秋の野菜中心の先付け、お造り、上品な吸い物、鮎の塩焼き、和牛の陶板焼き、松茸ご飯など。

 地元那須高原の食材をふんだんに使った御膳だそうだ。僕には千堂先生のように、この食事をパスする豪胆さは持ち合わせていない。


「ワオ! こんな日がやってくるとは思っていなかったよ」

 そう歓声を上げたのは、瞑(舞かも)だ。高校生たちは、いや、サポータの方々も驚いてこちらのテーブルに目を向ける。

 そりゃそうだ。あのおしとやかな『右左脳の姫君』が、ワオ! なんて声を発するなんて誰も思っていなかっただろう。


「おーっ、まるで温泉旅行に来たみたいね。こうなったらごちそうに温泉、フルフルで楽しんじゃおうよ!」

 ミコトが瞑(たぶん舞)のノリに乗っかる。自分が目立ってカモフラージュする、という気配りだろうか。でもこの二人を見ていると、何となく意気投合している気配もあり、素のまんまエンジョイしているようにも見受けられる。

 この後、二人はお風呂も一緒に行ったようで、ミコトがうまくフォローしてくれている。

 感謝。こっち側に引き込んでおいてよかった。


 後になってミコトから聞いた話だが、夜寝ているときに、下の段のベッドから『瞑、どこにいるの?』と寝言でつぶやく声がすすり泣きと一緒に聞こえてきたらしい。


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