神と崇められて、竜と戦う
高床式の建物の前の広場。
そこで、同じ姿、同じ顔の女性が向きあっている。
いや、微妙な違いがある。僕と一緒にこの世界にログインした瞑は、基本、黒髪を降ろして、ハーフアップにしている。
もう一人の女性は、同じ黒髪だが、髪型は編み込みのアップでまとめている。
加えて、彼女はカラフルで様々な形をした石のネックレスやブレスレッドを身につけている。ネックレスの真ん中の胸元には銅製だろうか、手の平くらいの鏡がついている。
「舞だよね?」
瞑が再び問いかけた。
「アハハハ、ついに見つかっちゃったかー」
瞑の双子の姉、舞さんであることを認めた女性は、頭の後ろを掻いて苦笑いする。
「何で逃げたり隠れたりするの?」
「いやー、別に逃げ回ってたわけじゃなくってね、いいかげんあっちの世界に退屈してたんだけどさー。なんか知らないけど最近こっちの世界にも入れるようになってね。面白そうだから、あちこち見て回ってたところ」
『あっち』とは多分ベーシック・ワールド、『こっち』とはテーマ・ワールドのことだろう。サポーターの加藤さんが、瞑と僕のアクセス権限の範囲を拡げてもらったことにより、舞さんにも同等の権利が与えられたのではないだろうか。
「やっと、会えた」
つぶやくようにそう言い、瞑は舞さんの手をとった。
「アハハ、『初めまして』かな?」
「ちょっと違うと思う」
「AIロボで会ってるしね」
「そうじゃなくて……」
「ちょっとー、あなたたち!」
いきなり、ミコトが割り込んできた。
「なんか盛り上がっているところ申し訳ないんですけど、アタシたちの存在を無視しないでくれる?」
そう言って、髪を下ろした方の女性に顔を向ける。
「その髪型、物腰からすると、あなたがホンモノの瞑ね」
「……そうよ」
ミコトはもう一人の女性に顔を向ける。
「そうするとよ、あなたは誰なのかしら?」
じっと見つめられて、舞さんは恥ずかしそうにしながらもニヤついている。
「おう、さっきミコトと一緒にログインしたらな、この子がココに一人で立ってるんで、てっきり瞑だと思って声をかけたらよ」
ここにきて初めて別府先輩が会話に加わった。
「そうそう、アタシが話しかけてもなんか会話がかみ合わないし、アクセサリーとか派手だし、しゃべり方とか、陽キャっぽいし。……」
ミコトのその言葉に、瞑は細い眉をピクッと動かして反応した。
「それって、私が地味で陰キャってことかしら?」
そう言って微笑んだが、目が笑っていない。
「ああ、いやいや決してそう言うわけでは……別府センパイ、フォローよろしく!」
「……ああ、確かにパッと見からして、瞑とはちょっと雰囲気違うなと思ったけどさ……」
ムチャぶりされ、シドロモドロに別府先輩が答える。瞑の一瞥をもらい、口をつぐむ。
「ボクはね、城崎舞。瞑の双子の姉さんだよ」
ミコトと別府先輩の疑問に答えたのは、舞さん自身だった。
二人は目がテンになり、口をポカンとあけ、彼女を見つめる。
揃ってハニワのような表情を浮かべたので可笑しかった。ハニワは弥生時代にはまだ無かったっけ?……いや、そんなこと考えている場合ではない。
瞑はこの二人に、本当のことをどこまで話すつもりなんだろう。
瞑が口を開いた。
「そうよ。この子は舞。私の姉」
「でも……さっき初めまして、とか言ってなかった?」
ミコトが訝しげに尋ねる。
「実はね、私たち……」
瞑が意を決して話そうとした時。
「ワァ! なんかいっぱい来たよ⁉」
舞さんが素っ頓狂な声を発した。
彼女の視線をたどって周りを見まわすと、この集落の建物からゾロゾロと人が出てきた。老若男女、子供たちもこわごわと後をついてきている。服装は僕たちと似ているが、生地の色が幾分赤みがかっている。男たちは手に手に弓矢や槍などを持ち、半分構えながら僕らを取り囲む。
「これ……なんか、やべえ雰囲気だな」
別府先輩が瞑と舞、ミコトの前に出た。
僕も前に出て先輩の横に並んだ。
「あのー、センパイが書いた『貫頭衣ライフ』ってどんな話だっけ?」
「おい、ミコト、お前オレの名作を読んどらんのか⁉」
「なんか忘れちゃいました。テヘッ!」
ムカついたのか、別府先輩は少しの間無言だったが、集落の住民がじりじりと寄ってくる雰囲気を感じて呟いた。
「この世界ではどうかわからないが、俺の原作では、タイムスリップしてココに落ちてきた女子高生が、集落の住民に捕らわれる」
「え、捕まって殺されちゃうの?」
「ばかもん、それだったら小説にならねえだろうが。この村には言い伝えがあってだな……」
などとミコトと先輩が話していると、小柄な老人が一人、杖をつきながら前に出てきた。
服装は他の人々と変わらないが、頭、首、腕、足に宝飾品を沢山身につけている。
「わし、このムラのあるじダ。おまえらハ、どこから、きたカ?」
僕らが喋っている日本語と少し発音が違うようだが、弥生時代の人々がどんな言葉を話していたのか、僕は知らない。多分この仮想世界では、演出上でイントネーションを変えているだけだろう。
「どこって、リアルワールドからログインして……」
とミコトが言いかけたが、別府先輩が手で制して、会話を引き取った。
「我々は、雲の上から降ってきた」
その言葉に、老人は反応し、ほとんど閉じられていた目を丸くした。
視界に入った人物を見てさらに目を大きくした。
「そ、そこのフタリは、もしヤ?」
老人が杖で指しているのは、瞑と舞さんだ。
別府先輩はオホンと咳払いした。この世界の原作者に何か考えがあるのだろう。今は任せるしかない。
「ああ。このムラを守るために空から降りてきた者だ。周りにいるのは、使いの者だ」
「マサカ、いいつたえハ、しんじつであったカ。わがムラにキキがおとずれるトキ、ふたごのカミがコウリンされるといふ」
老人が杖を上げると、僕らを囲んでいる人々は、構えていた武器を下ろした。
僕は別府先輩の書いた原作を思い出していた。確かこの集落には神が光臨して危機に立ち向かう、という話だったと思うが、神が双子の設定に変わっている。
別府先輩は続ける。
「その通りだ。我々はこのムラを救うために来た」
ミコトが先輩に耳打ちする。
「で、センパイ、このムラの危機って何なの?」
「ああ、ここのところ日照りが続いてな。集落の周りの水田が干上がり始めている。俺たちは、地下の水脈を見つけてココを救う段取りになっている」
この後、ログインしたメンバーで水脈を掘り当てるクエストが待っている、というわけか。
長老が再び口を開く。
「オヌシらも、きづいておろうガ、みてのとうり、コウゲキをうけておル」
「ん⁉」
先輩の筋書きと違ってないか?
集落をよくよく見渡すと、水田の中に黒い穴が点在しているだけでなく、集落の中も黒焦げになった建物の残骸が、何か所か見受けられる。
「サイキン、たつまきとトモに、リュウのマモノがあらわれよっての。かように、カミなりをおとして、トチとスミかをハカイしておるのじゃ」
「え! 水脈クエストじゃねーの?」
当の原作者が驚いている。恐らく、このムラに迫る危機のパターンをAIが勝手に増やしているのではないだろうか。
長老は、別府先輩を杖で押しのけ、瞑と舞さんに近づく。
「フタゴのカミよ。どうか、このムラをスクってくれんかの?」
「救うったってさー、何をどうすればいいの?」
舞さんが少し口を尖らせ気味に聞き直す。
「……そろそろ、あらはレル、コロじゃ」
長老のその言葉が合図になったかのように、急に風が吹き始め、空にはもくもくと雲が湧き始めた。
そして。
咆哮とともに、いきなり頭上に竜が現れた。竜と言っても僕らが普通イメージする姿かたちとは全く別物で、ヒレがたくさんついた蛇のようだ。しかも、頭と尻尾がどっちについているのかわからない。
ただ、その体から悪意のような、殺意のようなものをヒシヒシと感じる。
「さあさ、タイジされたし」
老人が杖を上げると、ムラの人々はひざまづき、地面にひれ伏した。
竜は集落の上空をゆっくり旋回し、どこを破壊するか思案しているようだ。
「タイジっていってもさー、わかんないよ」
と文句を言いながら、舞さんが頭の後ろに手を組んだ瞬間。
彼女のネックレスにつけていた鏡がキラリを光った。
瞑もそれに気づいたらしく、
「舞、ちょっとそれ貸して」
そう言うや否や、半ば強引に舞の首からネックレスをはずし、鏡の宝飾を掴んだ。
瞑が鏡を空に向けると、雲間から辛うじて顔を出している陽の光が反射する。
彼女は鏡の角度を変え、空中で静止している竜の胴体に光を当てた。
どこでどう光を感知しているのか、竜の体がぐらりと傾き、こちらに接近してきた。瞑はそのまま鏡面を竜に向けて構え続けている。
「おいっ、わざわざこっちにおびき寄せてヤバくねーか⁉」
そう言って別府先輩が身を屈める。
「ガウウ!!!」
大きな咆哮とともに、竜の体から閃光が走った。
それは、瞑が持つ鏡に反射し、そのまま竜に跳ね返る。
ピカッ! バシャーーーン!
「ガウウウウウウウウウウウ!!!」
再び大きな咆哮が聞こえたが、それは竜の断末魔だった。空中で動きを停止したかと思うと、そのまま草地にズドーンと轟音を響かせ、落下した。
ムラの人々は、歓声をあげ、竜の骸に走り寄っていく。
長老は、瞑と舞に礼を言おうとして姿を探したが……
二人ともいない!
彼女らがいた辺りには、先ほど竜退治に使った、鏡付きのネックレスが転がっていた。
僕の頭の中は真っ白になった! ……何とか思考を巡らす。
二人一緒に消えてしまった。この世界から消滅した?
瞑はログアウトしたということか? 舞さんはどうなった?
まさか……
最悪のケースが頭をよぎった。
「おい誠! とにかくログアウトするぞ」
「わ、わかりました!」
僕と先輩とミコトは、集落の人々が手を振って僕らに向かって歓声を送る中、ヘッドアップ型のウィンドウを表示させ、慌ててログアウトした。
ここはどこなのか? 軽い譫妄状態を経て目が覚める。
確か、瞑の宿泊部屋でログインしたはずだ。
なんか柔らかい物体が体に乗っている。顔までそれに覆いつくされている。
ログインする時、瞑にタオルケットを貸してもらったが、それよりもずっと質感があって弾力があるものだ。何かこう……・
アイマスク(正式名称が未だに覚えられない)をとると……
その柔らかい物体は、ピンクの水玉模様のパジャマを来ていた。
僕の顔は、そのパジャマの胸元に埋まっていた。
「どわ―――― !」
僕の驚愕の声に反応し、パジャマ姿の主はアイマスクをはずし、ついでに冷え○タ(これもまだ覚えられない)を外し、目をこすった。
彼女は二、三回目をしばたかせ、目の前の僕の顔を凝視した。
「ぎゃ―――― ! どスケベ―――― !」
それは宿泊棟に響き渡る絶叫だった。
彼女は慌てて起き上がり、部屋の隅っこにサササッと逃げていった。そして、ひざを抱えてうずくまり、こちらを睨みつけている。
「ごめんごめん、というか、瞑がベッドから僕の上に落ちてきたんじゃないか」
とんだアクシデントがあったが……何より、瞑が無事でよかった。
「え⁉……ボク……瞑?」
彼女は自分を指さし、僕に問いかけた。