第98話 想起
明確な因果は不明だが、その顔料の開発者はそれより少し後の節で死んだ。
そしてその本を読んだ後、ランスは実際に帝都所蔵の古書の中に、件くだんの顔料が使われていそうな緑色の本を見つけた。
そのことを博士に話してみると、どんな交渉をしてきたのか、次の日には買い取って帰って来た。成分を調べたところランスの予想通りだった。即死するほどの量ではないが、十分ヒ素中毒の危険を孕んでいた。
ヨルクの体調不良が、ヒ素中毒によるものかもしれないと気づいたとき、ランスは真っ先にあの本を思い出した。
「その本が毒って、嘘だろ!? ずっと昔からある本に、毒含まれてたらさすがにいつか分かるだろ!?」
後ろからサンが覗き込んで疑問を呈した。
疑っているというよりは、信じられないといった様子だった。
「顔料に含まれているヒ素の量を考えると、一度に摂取する量はごく微量で、すぐに体調が悪くなることはなかったと思う。人間は少量のヒ素なら処理できるから、数回触っただけだったら症状は出ないかもしれない。
でも先生みたいに古書の管理で何度も触れていたら次第に毒性が蓄積される。それに……」
ランスは言葉を続けようとしたが、ふと思いとどまってやめた。
ヨルクが片腕だから症状が出たのかもしれない、とは別に言う必要もないと考えた。
ヨルクは今朝の自己紹介で、好きな食べ物はホットドックだと言っていた。
今日の昼食時にはサンドイッチを食べていた。
片手で手軽に食べられる食事を、普段からしているのではないか。
学食で主に出されるような、右手にナイフを、左手にフォークを持つような食事は、ヨルクにとってはむしろあ・え・て・選・ぶ・も・の・なのかもしれない。
この緑色の本は机に並べてあるほどだから、何度も読んできたのだろう。
人よりも多くこの本に触れ、ワンハンドフードに偏った食事で、指先に付いたヒ素を直接摂取し続けたから、ついに症状が現れた。
「なるほどな、そういうことか……」
ランスは自分の考えを言葉にしなかったが、ヨルクには察しがついたようだった。
窓際の席に近づくと、静かに緑色の背表紙に視線を落として、しばらく考え込んでいた。




