第97話 原因
「これだ……」
ランスは誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
「……ランス君?」
ジオに続き、ミオンもみんなから離れて一冊の本に目を奪われているランスに気づいた。
声をかけながら近づいて、その視線の先にあるものを確認した。
見たことのないくらい鮮やかな緑色の本に、ミオンは思わずうわぁと言葉を漏らした。
「すごい、綺麗だね」
そう言いながら、自分でも無意識のうちに本に手を伸ばしていた。
突然、ランスにパッと手の甲を掴まれた。
「あまり触らない方がいい。先生の具合が悪くなった原因、多分この本だ」
ランスの言葉に、その場の全員が驚き、視線を本に集中させた。
「原因がその本って、どういう事だ?」
後ろで聞いていたジオが改めて聞いた。
「この本に使われている緑色の顔料に、ヒ素が含まれているかもしれない」
ランスは学校に入る前、受験勉強のため帝都の図書館に数日間だけ入りびたった。
そこにもシエル大帝国時代の古書があったので、筆記試験の対策のため、あらかた目を通した。
その中の一つに、当時の『帝国民』によって書かれた随筆があった。
本の作者は自分の身の回りに起こったことや、そのとき出会った人物について事細かに記していた。
その本を読めば、当時の高魔力保有者がどれほど優雅な生活を送っていたか、どんな人間がいて、どんな考えが生まれてたかを知ることができた。
そこにこんな節があった。
『私の知り合いに1人、とても面白い青年がいました。少し無愛想ですけれど、好きなことに心から没頭する無垢を兼ね備えておりまして、食事や睡眠もそこそこに、生きている時間のほとんどを本の装丁に費やしておりました。
その方は、誰もが息を呑むほど美しい本を作ること、ただそれだけが生の意味であると言わんばかりに、毎日毎夜、岩と岩をぶっつけ合って粉々にしたり、お湯に溶かしふつふつと温めたり、水の中に他の水を細い糸のように慎重に垂らして、ゆっくりゆっくりと混ぜ合わせたり、かと思えば渦でも起こすかのようにガラガシャと混ぜたり、なんだかそういうことをして、一所懸命になっていたのでした。
皆様はその方が何をしてもさして気に留めておられませんでしたけれど、私はその所作の一つひとつに惹かれ、何時迄いつまでも見ていられましたので、何度も何度も足を運んでおりました。
ある日ついに、完成した、とおっしゃって、輝くほどに鮮やかなエメラルドグリーンの本を作られたのでした。
その色はあまりに評判となり、その後、その本を求め、何人もの人が彼を訪ね、私は少し、寂しくなってしまったのでした』
顔料の詳細な作成方法は記載されていなかったが、素材の取得ルートや加工方法が触れられており、それを読んだランスは大方検討がついた。
その色の主成分はおそらく亜ヒ酸銅やアセト亜ヒ酸銅、ヒ素中毒を引き起こす危険な物質だった。
明確な因果は不明だが、その顔料の開発者はそれより少し後の節で死んだ。
第97〜第98話で内容が重複してしまっていたので修正しました。失礼いたしました。
ご指摘くださった方ありがとうございます。




