第93話 積極性
「あ…………アンナ先生……」
ヨルクはアンナを確認すると、顔を向けたまま動けなくなった。
その刺すような視線の意味を痛いくらいに理解した。
「……偶然通りかかったんですが、随分と生徒と仲が良いんですね。安心しました」
アンナはそう言うとニコッと笑いかけた。しかしそこに友好的な感情はかけらもなく、無理に上げられた口角は引きつり、相変わらず目は一切笑っていなかった。ヨルクは続く言葉を見失った。
アンナはヨルクよりも2つほど年下だが、教員となったのはほぼ同時期で、かろうじてヨルクの方が若干早い。
しかしその経歴には明らかに差があった。
アンナの方は、かつて本学校を主席で卒業し、その後も上級課程で2年間学び、そのまま実力を買われ20歳で教員となって、今や学長の秘書を務める。
他の先生たちからの信頼も厚く、まごうことなく最も優秀な教員の1人だった。
それに対しヨルクはというと、ろくな経歴もないまま、成り行きでこの学校に転がり込み、今まで功績どころか実績もほとんど残さず、
人気のない校舎の一角で成長も責任もない業務に数年間も甘んじていた末端職員である。
そもそも同じ教師として立場を比べるのも烏滸がましいくらいだった。アンナが本気で働きかければ、ヨルクのクビくらい飛ばせるかもしれなかった。
「……アンナ先生は、これから打ち合わせですか」
アンナの抱える資料の束を見てヨルクは言った。逃げるつもりはなかったが、少し時間が欲しくて話を逸らした。
「ええ、この後、教員同士の教育方針検討会議なんです。
参加は任意なので、ヨルク先生はいらっしゃらないと思いますが。私は実行委員なので」
相変わらず貼り付けたような笑顔でアンナは続けた。ヨルクはまた肩をこわばらせた。
ヨルクはそれ以前に行われていた年間人員計画検討会議も業務実績共有会も他校教員交流会も、自由参加だったので行かなかった。
もちろんアンナは全て参加し、場合によっては主催していた。
「……生徒相手だと随分積極的なんですね。何だか意外です」
その発言の裏に「教員の集まりにも参加しないで何してんだこの野郎」と言う趣旨の意味合いを想像することは容易だった。
要するにヨルクは墓穴を掘った。
一言でも言葉を間違えられないこの状況で、女子生徒の前でボタンに手をかけている理由について、誤解なく説明する自信がなかった。
「あの……」と一言言ったきり、しばらくの間黙っていた。
ヨルクが弁明を放棄したと見るや、アンナはミオンを向き直り、それまでの態度が嘘だったかのように優しい声の調子で尋ねた。
「何をしていたの?」
ミオンは姉に会えた喜びを隠せず、ハキハキした声で言った。
「先生に服脱いでもらってた」
ミオンはうっかりそれまでの経緯の説明を忘れた。
ガラスにヒビが入ったような緊張が走った。




