第92話 軽率
「先生が、自分から毒を摂っている」
ランスの発言に、ジオもミオンも、もちろんヨルクも耳を疑った。
「えぇ!? 先生自殺願望あんすか?」
サンも驚きのあまり勢いのまま真に受けて、そのまま受け流した。後ろからジオにどつかれた。
ランスは若干慌てて補足した。
「そう言う意味じゃない。本人が気づかないうちに、何か毒の摂取につながる行動をしているかもしれないって思ったんだ。
……それで、今朝から話を聞いていて、1つ心当たりがある。だからまずは、第4図書室に行きたい」
全員未だランスの意図はわからなかったが、とりあえず従うことにした。
「…………あ、ところで」
話が結論まで達し、ランスは不意にヨルクの方を向き直った。
傍観者のように生徒たちのやりとりを見守っていた教師は、はっと我に帰った。
「おお、どした?」
ランスは他意もなく尋ねた。
「さっき腕を治療してもらってましたけど、あれで傷は全部治りましたか?
衣服の下、摩擦で刺激される部分の全体に症状が出やすくなっていると思うんですけど」
「あぁっと…………」
ランスの言葉を受け、ヨルクは頷き、一瞬口を開いた。しかしすぐ言葉に詰まった。
「先生、まだ傷があるんですか?」
屈託のない目でミオンが問いかけた。
「えっと、ないことはないけど、いいよ。あとで治してもらうから」
「早く治した方がいいです。見せてください」
「背中とかにあるから」
「じゃあ、脱いでください」
ランスはそこでやっと、自分の発言が軽率すぎたことに気づいた。
教師が女子生徒の前でシャツを脱ぐのは、さすがに絵面がまずいかもしれない。
「いや、あの、本当に大丈夫だから」
「絶対に、早く治した方がいいです!」
ミオンに詰められ、ヨルクはついランスにフォローを求めるような視線を向けた。
ランスも一旦ミオンを制止しようか悩んだ。しかしよく考えたら止める理由がなかった。
医者の家系で育ったミオンは、生まれながらに医者なんだ。もう傷を傷として認識している。
「……まぁ、早く治してしまった方が良いとは思いますよ」
ランスがそう言ったので、ヨルクは「えぇ」と声を漏らした。
ただ、実際このまま悪化したら皮膚がんを引き起こす危険があった。
ランスとしても一刻も早く何かしらの処置をして欲しかった。
「どうしたん先生、早く診てもらった方がいいよ」
サンは平然とミオンの勢いを肯定した。
サンが育った職人の町は、暑い時期、上裸で歩き回る野郎共がそこらじゅうで闊歩していたので、上着を脱ぐのを躊躇う発想がなかった。
が、後ろにいるジオはどこか気が気ではないといった様子で、それでも状況が状況なだけに、一切の口出しを控えていた。
先ほどヨルクの痛々しい傷を間近で見たミオンは、一刻も早く他の傷も治してしまいたかった。
ふと、片手ではシャツのボタンが取りづらいのかと推察した。
「先生、脱ぎづらいですか?」
そう言いながら、シャツのボタンに手を伸ばさんばかりに近づくミオンを、ヨルクは慌てて否定した。
「いや、違う、自分で取れるよ」
言葉の綾のようにそう言うと、ミオンの手から隠すように自分の指をボタンにかけた。
ミオンはそのままボタンが外されるのを待った。
ヨルクはその体制で数瞬間固まった。
ここからどう説得しようか、いっそ治療と割り切って見せた方が良いのか判別つかないみたいだった。
「ヨ ル ク 先 生 、何 を し て い る ん で す か?」
突然、横から知らない声が響いた。
唸るような低い響きと誇張すら感じる怒気をはらんだ声色に、顔を見なくてもその表情が窺えた。
「あ、お姉ちゃ…………じゃなかった、アンナ先生」
ミオンの顔がパッと明るくなった。
ヨルクが声のした方を向くと、刺し殺さんばかりの鋭い視線を注ぐ、アンナの姿があった。




