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第9話 逃走未遂

「この学校には、決闘の制度があるんだ」


その言葉を聞いた瞬間、ランスは目の前の学長の狙いを完全に理解した。


しかし遅すぎた。いつの間にかユートリアは立ち上がり、ランスの右側を塞いでいる。

教室から出るには左から大きく回らなければならなかった。


その道々にはノートンを含めた他の生徒が多くいて、干渉されずに通り過ぎるのは困難だった。


それでもランスは人と人との隙間を縫って、最短ルートで教室を出られる道を探した。

その間、ユートリアは話し続けていた。


「この学校ができたばかりの頃って、国すら形になったばかりなんだよね。


生徒同士も余裕がなくて、(いさか)いの種が色々あって……。

それにこの学校は国中の優秀な人材が集まるわけだから、些細な火種でも大きな事件に発展することもあり得た。


だからなるべく被害を抑えるために、争いを規則の中に押し込むことにしたんだ」


ランスは受験のために目を通しておいた、学校条規を思い出していた。

そこには確かに決闘制度が明文化されていた。今となっては時代錯誤も(はなは)だしい条項だったが、

その制度が不要となってからはほとんど(かえり)みられず、それゆえに是正されずに残されていた。


「色々と細かい規則はあるけれど、まぁ簡単に言ったら1対1で戦って、負けた方が勝った方のいうことを何でも1つ聞くって言う制度だ」


ユートリアは(つまび)らかに条規の内容を掘り返し、赤錆びた負の遺産を磨き上げていく。

周りの生徒はそんな規則の存在すら知らず、教室の所々でざわついている。


ランスは対話相手をじっと見つめながら、何とか黙らせられないか考えあぐねていた。

しかしそんな苦悩も虚しく、ユートリアは飄々(ひょうひょう)と賽を投げた。


「ところで、決闘ってどうやって申し込むか知ってる? 


――こうするんだ」


突然、ユートリアは校章の入った白いハンカチをランスに向かって投げつけた。

ハンカチはランスの胸元にあたり、床に落ちた。


「この白いハンカチを投げつけたら決闘が申し込まれるんだ。そして相手がそれを拾ったら、決闘が成立する」


あまりに事も無げに申し込まれた決闘に驚き、ランスはハンカチを目で追おうともしなかった。


「決闘、申し込まれてしまったね。どうする? 受ける?」


ユートリアはケタケタと笑いながら尋ねた。申し込んだ張本人だというのに、どこか他人事な態度だった。

ランスはそんなユートリアをもう躊躇(ためら)いもなく睨みつけてから、床に落ちたハンカチを一瞥(いちべつ)し、決まりきった答えを返した。


「……受けない」


「あぁ、そう。残念だな」


せっかく申し込んだのに、とユートリアはさも残念そうに言い、大袈裟に床に落ちたハンカチを拾い上げた。


しかしランスは、これで終わりではないことをわかっていた。この後の学長の言葉は否応なく察せられた。

ユートリアはランスの予想を一切裏切らず、続けて言った。


「じゃあこれで、君が断れるのはあと3回だ。


決闘に5回申し込まれて全部断ると、退学になるから。なんか、そういう決まりなんだよね」


その言葉が耳に届くか届かないかのうちに、ランスは椅子を蹴飛ばすように立ち上がり扉に向かっていた。


今、学校の最高権力者に蘇生されたルールによって、ランスを正規の方法で追い出す道が開かれた。

既にノートンは取り巻きたちにハンカチの準備をさせている。


「おい、あいつ止めろ。ハンカチぶつけろ。俺5回目に当てる」


ノートンが取り巻きたちに指示した。

静まりかえった教室では、まるでそこにいる全員に指令がかかったようだった。


「ランス君、ホームルームがまだですよ」


一連の流れをニヤニヤしながら見ていたゾフィがランスを呼び止めた。


「いいです。もう帰ります」


ランスは顔も合わせず言い放った。とにかくこの場から離れることが必要だと思った。


ランスの右肩に、取り巻きのハンカチが当たった。


「当たりましたね。決闘を受けますか」


ゾフィが教師として取り仕切った。


「受けません」


「あと2回ですね」


ランスは早く教室から出たかったが、後方の扉への動線はユートリアによって塞がれ、前方の出口まで向かわなくては行けなかった。

またハンカチが当たった。今度はユートリアが口を開いた。


「今度は? 受ける?」


答える代わりに、ハンカチを床に取り残した。


ユートリアも後ろからゆっくりと追いかける。

走っているランスに追い付いてはいないが、状況を把握するのに十分な距離は保っていた。


ランスにまたハンカチが当たったが、教室の出口も迫っていた。


「受ける?」


「受けない」


「もう後がないね」


出口の近くで待機していたノートンが、満を持してハンカチを投げつけた。

しかしランスはノートンの動向を警戒していたため、そのハンカチをかわすことができた。


「おい、待てよ! 逃げんな!」


そういうノートンを気にも止めず、ランスは脇目にユートリアを見た。

 

しかし彼の目は、ランスもノートンも見ていない。

さっきからずっと顔に貼り付けている不穏な笑みで、ランスのちょうど前方を見ていた。


気がつけばランスの目の前に、白いハンカチが浮いていた。


あまりに真っ正面から飛んできたので、ランスは思わず手で受け取ってしまった。


ノートンと取り巻き、それからゾフィや、その他、自分に(いぶか)しげな目を向けた相手は大体警戒してきたつもりだったが、

その人物からの決闘の申し込みは予想してすらいなかった。


「……今逃げても、結局どうにもならないだろ」


そう言いながら、ランスの前方を塞いでいたのは学年首席のジオだった。

その視線はランスに向いているようで、よく見るとわずかにランスの後方に逸らされている。


「5回目、申し込まれちゃったね。ランス君どうする? 受ける? 受けない?」


気付けばランスのすぐ後ろにまでユートリアが近づいていた。

目を細め、口角を上げたその顔には一切の親しみも感じられなかった。


沈黙の教室は、ランスの返答だけを待っていた。


視界の端でゾフィとノートンの嬉しそうな顔がちらつき、ジオとまた目が合うと、すぐ俯かれ目を逸らされた。

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