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第89話 判明

「慢性ヒ素中毒の可能性があります。

要するに、毒を盛られているかもしれません」


「え! 毒⁉︎」


ランスの言葉に、大きな声で反応したのはサンだった。

当のヨルクは、当惑と驚嘆の入り混じった顔で次の発言に迷っている。真に受けてはいない様子だった。


言葉を失ったヨルクの代わりに、ジオが質問を続けた。


「ちょっと待て、その『慢性ヒ素中毒』って何だ? どうして毒が盛られているっていう話になる?」


「『遺産相続薬』っていうのは、聞いたことあるか?」


貴族であるジオはその言葉に聞き馴染みがあり、頷いた。

何だそれ、と眉をひそめるサンに向かって、ジオが説明を入れた。


「毒殺に一番使われている薬だよ。


俺も詳しくないけど、ある地方の鉱物を砕いたり火にかけたりすると、割と簡単に手に入るらしい。

白い粉末で、溶けやすくて、味もしないし臭いもない。それでいて致死性が高い。

あまりに簡単に人を殺せるから、遺産相続を早める薬として、『遺産相続薬』なんて呼ばれている」


「何それ、怖!」


あまりに直球な名前に、サンは肩をすくめた。

ランスはジオの発言を受けて説明を続けた。


「その、『遺産相続薬』に入っている毒の成分が、『ヒ素』って呼ばれている」


「それがで『ヒ素中毒』なんだな。……じゃあ『慢性』ってどういう意味?」


サンが質問を重ねた。


「『遺産相続薬』に限らず、薬を使って殺したら、被害者は誰かに殺されたと気づかれる恐れがある」


「そらそうだ。それまで元気だった人間に、毒の症状が出て死んだら、毒殺一択だろ。直前に何かを口に入れてたら尚更」


「それが疑われない方法がある」


「どうやって?」


ランスは一瞬間を空けて言った。


「ごく少量の毒を、毎日の食事に混ぜる。それを何年も続ける。


ヒ素は身体に溜め込まれる性質がある。

何の症状も出ないわずかな量でも、毎日、数年単位で摂取すれば、知らない間に身体の中にヒ素が蓄積されて、いつか深刻な疾患を引き起こし、最終的に死に至る。


……けど、その変化は徐々に起こるから、毒を飲まされた人間にはただの体調不良だと考えて、毒殺されたことに気づかないことがある」


あっ、とサンは思わず声を上げた。


「なるほどな、それで誰かに恨まれていないか聞いたのか……」


しばらく黙っていたヨルクがようやく口を開いた。


「けど、本当にその毒が盛られたって決まったわけじゃないだろ? 本当にただの体調不良かもしれない。

そもそも俺に毒を盛ってメリットある人間なんていねぇよ」


そう言うと、まだどこか真剣に捉えていない様子でへらっと笑った。


「……慢性ヒ素中毒の症状としては、手足の感覚異常や頭痛、吐き気、筋力低下、貧血などです。心当たりはありますか」


ヨルクが一瞬肩をこわばらせたのに、ランスは気づいた。しかしすぐ、「そんなこともあったかな」と誤魔化すように笑った。

結論を出したくないのか、本当に心当たりがないのか、他人に弱みを見せることが苦手なのか、ランスには判別つかなかったが、このまま自己申告を待ち続けるのでは埒が開かないと思った。


「先生」


ヨルクに向かって、ランスは左手を差し出した。


ヨルクは先ほど断れらた握手を思い出し、戸惑いながらも、生徒に差し出された手を無碍(むげ)するわけにはいかず、手を取った。


ランスはヨルクと手を重ねると、突然、左手に力を加え、引き寄せた。

同時に右手で袖口を掴み、ぐいっと肘の辺りまで押し上げた。


「わ」


驚いたヨルクは何の抵抗もできなかった。

周りにいた他の生徒は驚きのあまりえっと言葉を漏らした。


(あらわ)になったヨルクの腕は、皮膚が抉れたような傷がいくつもあり、赤くボロボロになっていた。


「……慢性ヒ素中毒は、皮膚に症状が出やすいんです」


そう言いながらも、あまりの痛々しさにランスはつい目を細めた。

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