第88話 推察
「ここ数年、殺されるほど誰かに恨まれたことありますか?」
「え……」
それまで何を聞かれても平然と答えていたヨルクも、さすがにその質問には面食らったみたいだった。
かろうじて口角を上げていたが、頭が追いついていないらしく、少しの間固まった。
サンとジオは「何聞いてるんだ」とでも言いたげな目でランスを凝視し、ミオンはそれまでの文脈がわからず、ただ頭上にハテナを浮かべていた。
「いや、えぇっと………………無い、と思いたいけどな……。
少なくとも、心当たりは一つもないよ」
ヨルクは混乱の中でなんとか言葉を繋いだ。
ランスは平然と「そうですか」と相槌を打ち、納得した。またすぐ別の方向に考えを巡らせた。
「えっと、何でそんなこと聞いたのか教えてもらってもいいか……?
俺、なんかやらかしてそうに見えたかな」
そう尋ねたが、ランスは思考に集中しており、声が届いていないみたいだった。
ヨルクは仕方なく、静かに相手の言葉を待っていると、またランスは唐突に口を開いた。
「第4図書室に案内してくれませんか?」
脈絡のないランスの発言に困惑しながらも、生徒の頼みを断るわけにもいかないので、ヨルクはランスを連れ第4図書室に向かった。
ランスの発言が気になったジオとサン、ミオンも一緒に着いてきた。
「最近、体調が悪いって言ってましたよね」
思い出したようにランスが言葉を発した。ヨルクは頷いた。
「あぁ、言ったな。まあもう28だし」
「28って普通に若くないすか?」
横からサンが言葉を挟んだ。
「元々不摂生なのもあるかもな。外出とか好きじゃないし……。
とにかく体にガタが来てんだよ」
ヨルクは自業自得だと笑った。
ランスがまた口を開いた。
「体調不良って、具体的には?」
「えぇっと……」
想像以上に追求してくるランスに、ヨルクは若干押されていた。
なんと言おうが思案していたが、結局当たり障りのない回答に落ち着いた。
「いやまあ、ただの体調不良だよ。だるいとかさ」
「医者に診せたりしたんですか?」
「診せるほどでもなかったから」
ヨルクはそう語ったが、ランスはどこか釈然としなかった。
本当にそう思っているというよりは、大事にしたくないとか他人を頼りたくないとかそんな理由で、問題を先送りにしているように感じた。
ただこのまま追求しても同じことを言われ続けるだけだと思い、切り口を変えることにした。
「……さっき、手を差し出された時に気づいたんですけど」
「え? あぁ、ランスに握手断られた時か」
すみません、と心にもない相槌を打って、ランスは続けた。
「爪に白い線がありました」
「爪?」
そう言われ、ヨルクが自分の爪を見ると、確かに白い帯状の線が横断していた。
自分の爪なんてそんなにまじまじと見ることがなく、そこまで濃いわけでもなかったので、いまの今まで気づかなかった。
サンとミオンが横から覗き込み、ほんとだ、と呟いた。
「確かにあるな。これがどうかしたか?」
ランスはあまり、病理学的な研究をした事はなかったが、歴代科学者の中には人体や医学にことさら興味を持った者もいた。
彼が残した仔細な記録のおかげで、ランスは一つの可能性を導いていた。
「慢性ヒ素中毒の可能性があります。
要するに、毒を盛られているのかもしれません」




