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第87話 聞きたいこと

 その後、新担任のヨルクは残りの授業もそつなくこなした。

昼休み中は教卓に座りサンドイッチを食べながら、生徒たちと和気藹々(わきあいあい)と話していた。

その日から午後の授業が始まったが、生徒達は長い講義時間に疲れた様子もなく、最後まで真剣に話を聞いていた。


「あの先生、めっちゃ面白いな。このクラスの担任当たりだ」


放課後、サンは普段通り、教室の後ろでランスとジオに絡んでいた。

ランスは前担任のゾフィを思い出して、そうだな、と無難に肯定した。


実際教師として優秀なことに疑いの余地はなかった。感じが良いだけでなく、知識量も目を見張るものがあった。

古書室の管理をしていたからか、過去文献に関する造詣が特に深く、教科書の内容を的確に補足し生徒の理解を深めていた。

それに、最初の授業であの単元をやらされて、見事やり切った胆力も褒められるべきところだった。


しかしランスは、あまり関わろうと思わなかった。

知識が溢れ、魔法が使えないランスにとっては結局、担任に教わることはなかったのだ。


その日の講義もランスにとっては全て自明の事ばかりで、ほとんど聞かず教室の後ろで最近の研究結果をまとめていた。

明らかにノートを取るタイミングじゃないときもペンを動かしていたため、不真面目な生徒だと認識されていても

何もおかしくなかった。


だからその日の帰り際、ヨルクの方から近づいてきた時、ランスは思わず身構えた。


「ランスだよな。まだ一度も話していないよな。これからよろしく」


そう言ってヨルクは左手を伸ばした。からっぽの右袖が(なび)くのは、今日1日で随分と見慣れた。


「……よろしくお願いします」


ランスはと小さく呟いたが、むしろ敬意から握手は辞退した。


講義を全然聞いていなかったことがバレていると思い、謝っておくかどうか一瞬思案した。

そんな気持ちを汲んだのか、ヨルクは先に口を開いた。


「ランスについて、色々と話は聞いているよ。

授業中は別に、何をしてても良いからな。真面目に聞いてもつまらないだろうし」


先手を打って許容され、ランスは驚きを隠せなかった。

ヨルクはジオの方に顔を向けながら、


「まあ、周りに迷惑かけない範囲でな。隣で焼肉とかされたら、さすがに邪魔だもんな」


と冗談めかして言った。

ジオが真面目に頷くと、サンは「つっこむとこだぞ」と口を挟んだ。


ランスは厚意に礼を述べた。話は終わりかと思ったが、ヨルクはランスをじっと見て立ち去ろうとしなかった。


「……何か他に話があるんですか?」


ランスが尋ねると、ヨルクはハッとしたような顔をして、


「あぁ、悪い悪い。俺、あの日の決闘の話を聞いてから、ずっとランスに興味を持っててさ。

色々と知りたいことがあったから、今回担任の話来た時、ちょっと楽しみだったんだ。今後、何か気になることあったら聞いていいか?」


と微笑んで言った。

良いですよ、とランスが言うと、純粋に喜んでいるようだった。


「そういえば、ランスは俺に何か聞きたいことはないか? 自己紹介の時も何も聞かなかったろ」


ランスは本当に興味がなかったので、特に聞きたい事もなく、それまで一度も質問していなかった。

しかしこうも面と向かって尋ねられると即座に「別に」と言うのも(はばか)られた。


「……ちょっと考えます」


ランスは律儀にそういうと、本当に考え込むような素振りをして、何かないかと自問してみた。

その時ちょうど、後ろから


「あの……先生、少し大丈夫ですか?」


とミオンが近づいて来た。

午後の授業でわからないことがあったらしく、教科書にペンを当て、ヨルクと何かを話し込んだ。


ランスは少し時間が与えられた。せっかくなので、今朝から先ほどまでの一連のヨルクの振る舞いを映像にして、頭の中に流してみた。

生徒のために向けられた笑顔と、内面は知れないが余裕のある動作。生徒とのとりとめの無いのない会話、体を張った質疑、話の途中に織り込まれるどこか作為的な間、先ほど差し出された左手。


「……あ」


不意にある時の像が切り取られ、ランスの脳内に固定された。

過去の一連の出来事と繋げると、無視できない意味を帯びた。


ちょうどミオンの質問もひと段落がついたらしい。

ランスはゆっくりと口を開いた。


「……先生、ここ数年、殺されるほど誰かに恨まれたことありますか?」


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