第85話 建国
ヨルクは教科書を教卓に置き、目線を学生たちに向け、説明を続けた。
「この国建国の父、ステフレッド様は、魔法に関して天才的な才能があった。若干14歳で魔力が5000を超えたと言われている。
しかし帝都の外で生まれ育ち、陰惨な環境を嘆いた。後の贅沢がほぼ約束されていながら、今の体制を批判し、『帝国民』に訴え続けた。
それでもまるで相手にされなかったステフレッド様は、若くしてシエル大帝国を崩壊させ、この体制を終わらせると決意された。
だから帝都の居住権を得てもそこに住むことなく、病気で死亡したと見せかけて、帝都の外で革命の準備をした。
魔力の鍛錬を続けながら、襲撃計画を練るとともに、帝都の外で仲間を探した。
そこでのちに同じ英雄となる5人、エクトマ様、セルジャック様、フェリーヌ様、クレマリー様、ドミニック様を見つけ出す。
この5人は全員『帝国民』すらも凌駕する魔力を持っていた」
ヨルクは6人の名前を黒板に書き出すと、テストに出るかもなと念を押した。
「そして60年前、国暦0年の7月14日。第一次反乱が6人の英雄によって遂行された。
それまで『奴隷』の反乱は鎧袖一触の強さで捩じ伏せていた『帝国民』も、先鋭の前には大損害を被った。
一夜にして帝都は半壊した。しかしその時点ではまだ、帝都の主要機能は残っていた」
ヨルクは黒板の年表に数字を書きながら、ある1箇所に丸印をつけ、「7/14」と書き込んだ。
それからその印と少し離れた箇所にもう一つ丸を描き、「8/15」と書き込む。
「そして約1ヶ月後の8月15日、再度英雄によって、2度目の襲撃が行われた。
その時の襲撃は国家体制を解体させるほど決定的なもので、その日をもってシエル大帝国は無くなった。
……それから6人の英雄は旧シエル大帝国があった場所に6つの新しい国を建てた。
そのうちの一つ、ステフレッド・ロシュフォール様が建国したのがサフィール王国ってわけだ。こうしてこの国が生まれた」
カタン、とチョークを置く音が響いた。
「……さて、説明が長くなったけど、ここまでで何か質問は?」
パラパラと教室で手が上がった。ヨルクは1人ずつ順番に指した。
「えっと、どうして英雄達による反乱は、2回に分けて、それも1ヶ月間が空いているんですか?」
「英雄達は確かに『帝国民』に対抗できる魔力を持っていたけれど、圧勝できるほどじゃなかったんだ。
最初の反乱では英雄側の消耗も激しく、その日1日で帝都を崩壊させることはできなかった」
「1ヶ月の間、英雄はどうしていたんですか?」
「一旦帝都の外に引いて、療養しながら次の計画を立てていたと言われている。
もちろん帝都の人間達は血眼になって捜索したらしかったが、帝都の外にいる人々が、英雄達を匿っていた。その人達には、のちに主要な地位や役職が与えられた」
「英雄達の魔力は、実際どれくらいあったんですか?」
「当時の資料によると、クレマリー様が9230、セルジャック様が9345、ドミニック様が9503、フェリーヌ様が9647、エクトマ様が9678。
そしてステフレッド様が、9756」
教室の至る所でどよめきが起こった。英雄達の具体的な魔力までは、小中学校の授業では触れられていなかった。
歴史上、魔力が10000を超えた人間はいないとされているから、その6人が集まったことがどれほどの奇跡なのか計り知れなかった。
「だからまあ、そんな方々の活躍があって、今の平和な国があるわけだ。
たまにはこうして歴史の教科書開いて、先人の偉大な功績に思いを馳せるのも大切にな」
講義の終わりの時間が近づき、ヨルクは締めの言葉を探した。
生徒達は偉人を称える口ぶりの教師に、若干困惑の色を浮かべた。
「……ちょっと今の言い方、偉人に手向けたみたいになってたな。
ステフレッド様含め、半数はまだご存命だからな」
「あ、ですよね」
先ほどまで質問していた生徒が、ほっとしたように言った。
講義の時間がほとんど終わりにさしかかり、ヨルクは最後に教室を見回した。
教室の隅で静かに手が上がったのを捉えた。
「お、なんだ、ヘルム。質問か?」
「……はい、あの…………」
ヘルムと呼ばれたその生徒は、長い前髪で目を隠し、大きな丸い眼鏡をかけていて、常に猫背で俯いていた。
あまり目立つタイプではなく、休み時間も1人で静かに過ごしていることが多く、何人かのクラスメイトはその時初めて声を聞いた。
入学当時の魔力測定の結果も思い出せるものがほとんどおらず、おそらくは他のみんなに紛れるくらい、平均か、それより少し低いくらいの魔力だったのだろうと思われた。
どこか淡々とした声で、その生徒は続けた。
「なんか、旧シエル大帝国って、歴史上の汚点みたいに扱われていますけど……
その『帝国民』たちって、そんな間違ったことしてましたか?」




