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第83話 講義開始

「生まれつきなんだ。この腕」


そう言いながら、本来右腕が収まるはずのシャツの袖を取ってひらひらと靡かせた。

ジオは回答を聞きながらもどこかまだ解しかねる部分があるみたいだった。


一瞬聞くべきかどうか迷った様子だったが、質問を続けた。


「俺、入学式の教員席でヨルク先生見かけた気がするんですけど……あの時は気づかなかったです。義手でしたか?」


「えぇ、覚えてんのか⁉︎ すげぇな。

確かに俺、そこにいたけど、むしろそこでしか顔出してねぇのに」


ヨルクは素で驚いたような様子で、質問を返すのを一瞬忘れた。

そしてすぐ聞かれたことを思い出して、仕切り直すように答え始めた。


「そういう時は、魔法使って目立たないようにするんだ。ほら」


ヨルクがそういうと、肩の付け根が(うごめ)き出した。

袖がだんだんと内側から持ち上がり、裾からわっとツタが何本も飛び出した。

それらのツタがお互いに絡みつき、茨の棘を潰すように密着し、手の形を形成した。さっと手袋をはめると、そこには腕が生えているようにしか見えなくなった。


うわっと教室の至る所から聞こえた。


「え、今の『うわ』何。大丈夫なやつか」


ジオが小さく、すげぇ、と呟いたのをランスは聞いた。

魔法操作の難易度はよく知らなかったが、そういえば他の人が魔法を扱う時、遠心力で振り回すように、あるいはその場に広げるようにしており、それこそ手足を動かすように使うことは少ない気がした。そう考えるとあのような制御は難易度が高いのかもしれない。


ジオとの会話の後、少し踏み込んだ質問も増えた。


「この学校来て何年ですか?」

「今年で……6年目か? 22の時に来た」


「去年まで他学年の授業してたんすか?」

「いや、この学校の第4図書室。古書を中心に置いているところ。今までずっとあそこの司書やってたんだ」


「司書? なんでずっとそこいたんですか」

「えぇっと……」


ヨルクは一瞬言い淀むと、質問者から視線を外して続けた。


「いやまあ、そりゃ……責任とかがなくて、楽だったんだよ」


「サボりすか?」

「はっきり言うなぁ。……まぁ、うん。そういう感じだったけども……」


困った顔でたじろぐヨルクを見て、何人かの生徒は思わず笑みをこぼした。


「じゃあ、今回どうして担任引き受けたんですか?」

「なんか、学長直々に話がきたんだよ。……俺あの人に弱いんだよな。雇用主だし」


ヨルクはそういうと、すぐ弁明するように左手を振って続けた。


「いやでも、やる気がないわけじゃないからな。やるからには真剣に取り組むよ。


相談とかあればなんでも言えよ。担任なんて使い倒してなんぼなんだからな」


そういうとヨルクは優しく笑った。笑うのが随分と上手かった。


教室の外で、こっそりアンナが様子を伺っていた。

新しい担任に問題がないかどうか見に来たのだが、他の教師よりもこなれているようにすら見え、正直少し驚いた。


それまでもヨルクに教師としての役職が提案されたことは何度もあった。しかしその全てをのらりくらりと誤魔化して、結局担任になったことはなかった。職員の集まりにもほとんど顔を出さず、たまに会いにいっても閑散とした薄暗い図書室で静かに本を読んでいるような人だった。


やる気がないのだと思っていたが、今回の提案は割とすんなり了承したらしい。

どんな交渉をしたのかユートリアに聞いてみたが、


「いや、なんか普通に、快く了承してくれたよ」


と答えた。


学長の「快く」ほど疑わしいものはなかったが、とりあえず担任としては何の問題もないみたいだった。

生徒の質問もどんどん活発になり、和やかな雰囲気ができていき、何よりミオンが時折笑っている。


アンナは一旦は問題なしと判断し、扉を離れ、ユートリアへの報告に向かった。


新しい担任への質問が一通り終わり、クラスの生徒はヨルクの昨日の夕飯まで把握していた。

まだヨルクは受け応える姿勢を見せていたが、質問の方が底をつき、とうとう講義に入ることになった。


「じゃ、だるいけど講義を始めようか。最初の授業は……歴史か、しかもこの単元は……

まあいいか、じゃあ、みんな、歴史の教科書の32ページを開いて……」


パラパラと紙を捲る音が響く中、ヨルクは左手で黒板に直線を引いた。

左からいくつかの印をつけ、簡易的な年表を作成した。


「今日の授業は、この国の成り立ちだな。もうみんなこの学校入る前から散々習ったことだろうから、復習になる部分が多いと思うけど……まあ大事なことだからな。ちゃんとやろうか


まずこの国ができる以前、60年前まで、このあたりはある1国が統治していた。



その国では、魔力5000未満の人間は全員奴隷だった」

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