第8話 対面
ランスが教室に戻ると、ノートン達も戻っていた。
怪我が治っていることに違和感を覚えたようだが、
〈治癒〉魔法士が常駐している保健室にでも行ったのだろうと検討をつけた様子で、特に気にせず取り巻きたちとニタニタ笑っていた。
ゾフィも既に教室にいて、ランスを見るなりあからさまに顔を顰めた。
ジオは自席であるランスの隣から少し距離のあいたところで、近くの同級生らと会話をしていたが、ランスを見つけるとスッと視線を向け、また戻した。
しばらくするとミオンが入り、ランスを心配そうにちらっとみたが、すぐ他の女子生徒に話しかけられていた。
11時半までは少し時間があった。ランスは自席にうつ伏せ、何も考えないことにした。
ガラッ
と突然教室の戸が開く音がした。
他の生徒が不自然にざわつき、思わずランスも顔を上げた。
ランスが騒ぎの中心を目で捉えると同時に、そこにいた少年もランスに目をつけ、ニコッと笑いかけた。
かと思うと真っ直ぐ迷いなくランスの方に歩みを進め、その笑顔が目の前にやってくるまで、ランスは身動き一つ取れなかった。
「君がランス君だね。話があるんだ。ちょっといい?」
そういってランスの机に手をついた少年が、この学校の長であり、この国の王子であるユートリア・ロシュフォールであることは教室の誰もが知っていた。
無理、という選択肢なんて最初から無いように、ユートリアは返答を聞く前に話し出した。
「初めまして。僕のことわかるかな……? 一応入学式でも話したんだけど」
「……学長ですよね。何の用ですか」
ランスは役職を引き出し、打算的に敬語で距離をとった。
「敬語はやめてよ。同い年でしょ。堅苦しいのは嫌いなんだ」
ランスの意図を知ってか知らずか、ユートリアはぴしゃりと言い切った。
変なところで反抗するのも面倒だったランスは、面倒だったが真に受けることにした。
「……何の用?」
「君が入学してくるの、本当に楽しみにしていたんだ」
そう言いながらランスの目の前の空いた机に座り、足を組みながら体を前に倒し、顔をランスに近づけた。
フランクとも無作法とも取れるユートリアの言動を、ランスはまだ計りかねていた。
「だって興味深いじゃないか。筆記の成績だけで合格点取る人がいるなんて。
点数、受験生には開示されてないんだっけ? 別にいいよね。君筆記100点だったんだよ」
学長から裏打ちされた真実に、周りの生徒は銘々の反応を見せた。ランスは特に表情を変えず学長を見据えた。
「僕がこの学校の学長を任されたのが13歳のころで、新入生を迎えるのは3回目なんだ。
あまり長い歴史じゃないけど、その間筆記試験で100点どころか……40点以上取った人だっていないんじゃないかな。
その前の歴史を遡ったって、30点取る人が数年に1回現れるかどうか……。昔から筆記ってそんな感じなんだよね」
ランスは学長の意図を察した。なるべく自然な動きで荷物をまとめ始める。
「だからね。筆記試験だけで合格されるなんて、想定外のことなんだ。
本当にあり得ないし、正直、まだ信じられない」
教室中が二人の会話を聞くためにしんとしていた。
ノートンは目の前のやりとりがどう転んでいくのか、目を輝かせて見届けており、
ゾフィはやっと始まった弾劾に満足であるのか、細い唇を引き上げ笑っていた。
しかしユートリアはそんな周りの反応なんて全く気にしていないようで、無邪気さのようなものを免罪符にして、躊躇いもなくランスに尋ねた。
「君さ、不正した?」
昨日の夕食でも尋ねるような自然さ尋ねられた。ランスはどう答えればよいか迷っていた。
「やってない」と正直に答えても、むしろ分が悪いように感じた。しかしやはり、他に答えようがない。
既に荷物をまとめ終え、いつでも教室から出られる状態になっている。
ランスは床に置いてあるカバンの持ち手を掴み、教室を駆け出せる最短距離を目で探しながら、口を開いた。
「やってない」
「本当に? あんな点実力で取るより、不正してた方が現実的なんだけどな」
「可能性が高いってだけだろ。いずれにしても、事実を証明したければ根拠を示せよ」
言った後で、素直すぎる返答をしたことにランスは自分で驚いた。ゾフィやノートンすら少し顔を強張らせている。
数年の間、博士と2人きりで引きこもるように生きていたため、歯に衣着せて物を言うのに慣れていなかった。
しかしユートリアははっきりとした物言いを全く気にせず、むしろ喜ぶようにあははと口を開けて笑った。純粋に可笑しがっている様だった。
ランスはその反応を怪訝な目で見つめながら、先ほどの自分の発言を敵意と取られないよう言葉を選んだ。
「そんなに結果が信じられないなら、再試でもなんでも受けるよ」
「再試なんていいよ。それじゃつまらない」
つまらないってなんだよ。その言葉をなんとか飲み込んだランスに向かって、急にユートリアは顔をぐっと近づけた。
今度は周りにも聞こえないくらいの小声で、くすくすと笑いながら語った。
「正直ね、僕は君が不正をしたなんてどうでもいいんだ。
まぁもちろん重要なことなんだろうけど、どんなに調査しても一切証拠は掴めなかったしさ。
ここまでくれば、仮に不正を働いたにせよ、むしろその偽証の実力を認めてもいいんじゃないかって思う。
こうなると、わざわざ霞を掴むような無駄な骨折りはごめんだ。協力者にも恵まれなかったし」
学長あるまじき発言にランスは思わず息をのんだ。
自分以外の誰の耳にもユートリアの発言は届いておらず、共犯を強いられているような感じさえした。
「でもね、それでも君を認めたくない人が、残念ながら一定数いるようなんだよ。
君が彼らに何かしたってわけじゃないのに、ひどい話だよね。
――だから、君は君の実力を、もう一回皆の前で証明する必要があるんだ」
そんな持論を展開し、パッとまたいつもの声に戻った。
先ほどまでとは打って変わって、教室の端にも聞こえる声で、不特定多数に呼びかけるような調子で、ユートリアは今日一番の悪戯っ子のような笑顔で言った。
「この学校には、決闘の制度があるんだ」