第79話 引越し
「……そうするかな」
ランスの言葉は想定外で、ユートリアの頭に届くのに少し時間がかかった。
その意味をようやく理解した時、驚きのあまり思わず語調を強めた。
「えぇ⁉︎ ほんと⁉︎」
突然張り上げられた声に困惑し、ランスは補足するように言った。
「いや、ここで暮らすなら、面倒な要望を出すことになるから、それが受け入れられればの話だ」
「要望って何? 何でも受け入れるよ。言って!」
ユートリアの声は、部屋の隅で手を動かしていたジオたちの耳にも入り、何事かと集まってきた。
「ランス寮入るのか? ようやくだな、なんで気が変わったんだ?」
サンは今まで長い通学時間も厭わずに入寮を拒んだランスが、なぜ心変わりをしたのか気になった。
ランスにとって、寮に入りたくなかった理由は大きく2つあって、まず1つはノアがいたからだった。
しかし一度連れてきてしまうと、ランスの予想外なことにノアは受け入れられ、馴染み、他人との会話でノア自身の学習も進んでいて、あまり入寮の懸念材料にならないことがわかった。
そしてもう1つの理由は、学生寮では自宅にある実験材料や機材がないので、諸々の研究ができないことだった。
研究を疎かにしてまで学生生活に注力するつもりはなかったため、この点はまだ大きな課題だった。
「じゃあ、その課題を解決できれば良いんだね。どうしたら良いのかな。どんな部屋を用意すれば良いんだろ」
ランスの説明を一通り聞いたユートリアは改めて尋ねた。
「部屋じゃなく、場所を借りたい。今の家を丸ごと持って来れるくらいの」
「場所? 使って良い土地は結構あるけど、どれくらい?」
ランスは少し考え込んで答えた。
「……要望をそのまま言うと、地表部分は普通の一軒家が建つくらい。
……でも地下には、校舎が丸々一つ入るくらい広い空間が欲しい」
ランスの要望に、周りで聞いていたジオたちが仰天した。そんなスペース一体何に使われるのかわからなかった。
ランスも過度に要求している自覚はあったが、博士が作った自分の知らない地下室が残されていたこともあったため、掘り起こしてみるまでどれほど地下に空間があるのか正直想像つかなかった。広いに越したことはないと思っていた。
「多分その条件なら、どこでも確保できると思うよ。地下はそんなに使っていないし、自由に使って。
今思いつくだけでもいくつか候補地あるから、早速見に行こうか」
ユートリアはそう言うと立ち上がって、扉の外に向かった。
あまりに話の進みが早いため、ランスは一瞬立ち去るユートリアを見送ってしまいそうになった。
すぐ我に帰り跡を追った。
その後、すぐランスの要望通りの土地に案内された。
校舎から少し歩いた人通りの少ない一角で、サンの寮の周りの雰囲気と近かった。
明日急に家ができていても、誰も気づかなそうなほど目立たない場所だった。
「いい場所だけど、こんなすぐ渡していいのかよ」
ランスがそう聞くと、ユートリアは
「いいよ、学長僕だもん」
とあっけらかんと言い放った。
「じゃあ、場所は確保できたから、あとは建物建てて、地下室作って、物運んでって感じかな? どれくらいかかるだろ」
ユートリアが尋ねると、ランスは首を横に振って答えた。
「そんなまどろっこしいことはしない。ノアが丸ごと持ってくるよ。今日の夜には終わらす」
ユートリアはその発言の意味がわからなかった。
ランスとノアはその後、準備がいるからと一度帰った。
その日の深夜、時計は午前3時を回ったあたりだった。
昼間ランスを案内した場所にユートリアは向かった。闇に満たされた林の中を、自分の〈火〉の魔法の灯りを頼りに歩いた。ランスの言葉を信じれば、その時間に引っ越しを遂行するとのことだった。
あんなに静かで穏やかだったその場所は、昼間とはまるで様相が違い、全てを飲み込む黒い影の中、風が木々をかき乱す音と夜鳥の不気味な鳴き声が響いていた。
突然、ユートリアは足元が揺れるのを感じた。急いで離れると、今まで自分が立っていた地面一体が持ち上がった。
ぽっかり空いた大穴に魅入られていると、今度ははるか上空から、巨大な飛行物体が降り立ってくるのに気づいた。
いくつもの直方体が連なった、結晶のような形をしたそれは、よくみたら何かの建物であるようだった。
圧倒されているうちに、抉り取られた大穴へ浮遊物体が綺麗に収まった。
掘り返された大量の土は空の彼方に浮かんで消え、慎ましげな一軒家部分だけが地面からちょこんとはみ出して残った。
家の中から、ランスとノアが現れた。
「ランス君⁉︎ これは何? 今何が起きたの?」
「何って、ノアの〈浮遊〉の魔法だよ。地下室ごと持ってきた」
「魔法? これが?」
〈浮遊〉の魔法に詳しくないユートリアでも、桁違いのことをやっていることはわかった。
思わずノアを凝視したが、当の本人は全くの無表情で、与えられた任務をただ全うしただけだとしか考えていない様子だった。




