第78話 帰宅
襲撃犯がやってきた次の日、学校閉鎖が解除されるというアナウンスがあった。
一連の事件で確認された脅威は一旦取り去られたとのことだった。
あいも変わらず代理の教師が取り持って、その日の講義が終わった。ジオは1人自室に戻った。
扉を開けると、なぜかユートリアがソファで寝ていた。
顔を腕で覆って、座席を靴で汚さないためか、側面の肘置きから足を放り出した姿勢で横たわっており、かえって横柄な態度に見えた。ジオがそばに来ても微動だにせず、起きているのか寝ているのかもわからなかった。
「……何かあったんですか?」
ジオが恐る恐る声をかけると、ユートリアは腕の隙間からちらりとジオを見やった。
眠り込んでいるわけではないみたいだった。
「……今回の事件、一通り方がついたから、国王に会いに行った。
姉も同席のもと、一連の事件の報告をして、今後の対策の検討をしてた」
ジオはそれを聞いて、ユートリアがひどく疲れている理由がわかった。
ユートリアの身内に対する嫌悪は、ジオもよく知るところだった。
「……相変わらずだったんだ。2人とも」
そう言うとまた目元を覆った。
「昼時ですけど、食事はとったんですか?」
「……いらない」
ジオは使用人を呼び、軽食を持ってくるように頼んだ。運ばれた食事をそのままユートリアに勧めた。
ユートリアは何か言いたげな目で見つめたが、やがて黙って起き上がり、もそもそと食べ始めた。
「……おいしいね。ジオ君は食べないの?」
「俺は学食で食べてきました」
「……そっか、授業あとだからランス君たちと一緒だったんだね」
良いな、楽しそう、と小さくこぼした。
ジオがもう少ししたら、サンとミオンと一緒にこの部屋に来ると伝えると、ユートリアは嬉しそうに顔を上げた。
仕事のあと、自室で休まずここに来たということは、誰かと話したがっているのだとジオは分かっていた。
ちょうどユートリアの食事が終わったタイミングで、ドアをノックする音が聞こえ、ジオが迎えた。
「あれ、学長だ! お疲れ様です!」
「わ、ユリア様……! あの、えっと、こんにちは……!」
扉の奥から、まずサンとミオンが入室した。その2人についてくるようにランスとノアが入ってきた。
ランスはユートリアを見つけると、またいるのかとでも言いたげに目を合わせたが、特になにも言わなかった。
「こんにちは、昨日ぶりだね。なに持ってるの?」
ユートリアは入ってきた4人全員腕に何かを抱えているのを見つけた。
「楽器と、置く用のスタンドとかです。ジオの部屋に入り浸る時間多いって気づいたんで、楽器いくつか置いとくことにしました」
サンが手に持っていたケースからバイオリンを覗かせて言った。
講義が終わった後、ノアを連れて数日振りに自宅へ帰ろうとするランスを、サンはいつも通り半ば強引に学食に誘った。
ジオとミオンも合流して、5人で昼食をとった。学級閉鎖のこと、襲撃犯のこと、あの日の講義のことなど話題には尽きなかった。
その会話の中でサンが、ランスにギターを教えたことを思い出し、気が向いたら何か一緒に弾きたいと言い出し、ジオの部屋にすぐ弾ける楽器があれば良いという話になり、ジオも迷いなくそれを了承したので、色々あって、
結局ランスが楽器を運び込むのを手伝うことになった。
「あはは、ここ順調に溜まり場になっているね」
ユートリアがそういうと、サンは「居心地良いんすよね」と言いながら頷き、運び込まれた楽器とスタンドを配置し始めた。
ジオがそれを手伝うために近づいていった。
「ランス君は、もう帰るの?」
ユートリアがランスに尋ねると、
「帰るよ。ノアが満足したら」
と声の主に顔を向けることなく、ランスは答えた。視線の先ではノアが、飾られていく楽器を興味深そうに眺めていた。
「そっか、でも、気をつけてね」
ユートリアはまるで忠告するような口ぶりで答えた。
「どういうことだ? 今回の件は一通り区切りがついたんだろ」
「ついたけど、捜査の目を掻い潜った仲間が他にいる可能性もあるし、学生が狙われる似たような事件もあるから」
「そういうことか、自分の護身くらいならできるよ」
ユートリアはランスの横顔をちらりとみた。確かにこの学生は、誰も知らない「科学」の力で相手の虚をつくことなんて容易なんだろうな。
でもその力がもしも国王の耳に入って、興味を持ったら? 学校の中は僕が取り持っているけど、学校の外は、ましてや王都の近くは国王の影響が大きい。あの人が手中に収めたいと思ったら、間に王子を挟むようなまどろっこしい真似はしない。
僕が先に彼を見つけたのに、簡単に横から掻っ攫っていくんだろうな。僕の意思も彼の意思もお構いなしに。
ユートリアふと、自分の妄想に焚き付けられたような気分になった。
そんなのごめんだ。彼の力が有用か、交渉可能か、理解可能か、無害か、有害か、その判断をするのは、国王じゃなくて、僕だ。
「……やっぱりさ、寮に入る気はないかな。それで安全が確約されるわけじゃないけど、毎日学外から出入りするだけでリスクは増すからさ」
自分の手の届く範囲に、国王の手が届かないところに、なるべくいて欲しいと思って、何度目になるかわからない提案が口をついた。
しかしもう何度も断られているこの手の打診に、ランスが今このタイミングでなびくはずがなかった。
言った後で、少し脅すような口調になっていたような気がして、心配になった。
そんなつもりはなかったと、弁明しかけた時だった。
「……そうするかな」
ランスが静かにつぶやいた。




