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第74話 過去8(ユートリア)

 何もわかっていない。父親も、姉も、何もわかっていない。何もわかっていない。

ユートリアは目頭が熱くなって、思わず視線を下に落とした。赤くなった目をフレーシアに見られたくなかった。


「ユートリア? 具合が悪いの?」


フレーシアは、伏目がちに黙り込んだユートリアの顔を覗き込むように声をかけた。


ユートリアはフレーシアの左肩に手を置いた。次の瞬間、ぐいと後ろに押し込んだ。

とても短い間にそうしたので、ユートリアは姉を押しのけたのか、殴ったのかすら自分で判別できなかった。


「きゃ」


フレーシアは後ろによろけ、サイドテーブルに手をついた。


「おい、ユートリア! 何をする!」


国王が語気を強めて怒鳴った。その声はまるで、きょうだい喧嘩で先に手を出した方を叱る父親みたいだった。

そのことがよりユートリアを苛立たせた。父親の声を背に受けて、荒々しくドアを開け謁見室を飛び出した。


「待ちなさい、ユートリア! 止まりなさい」


父親が後ろから追いかけているのがわかった。


ユートリアは追いつかれるわけにはいかなかった。このまま捕まって、それこそ父親のように叱られたら、自分が壊れると思った。それほど精神は限界だった。


ユートリアは自室のドアを閉め、鍵をかけた。

ドアを引き、次いで扉をドンと叩く音が聞こえた。


「開けなさい、ユートリア」


その言葉は聞いたことないくらい感情がこもっていた。


ユートリアは部屋に入った瞬間心臓が割れたかのようにボロボロと涙をこぼしていた。

今更、姉に手をあげるのはいけないと、正しく叱ろうとしてくる父親に失望していた。


ユートリアは返事もせず、ただ部屋にこもっていた。扉が開けられるのは時間の問題だった。


国王はそばにいた使用人に、マスターキーを持ってくるよう命令した。


「……ます」


使用人は消え入るような声で言った。国王は聞き返した。


「……お願いします。フレーシア様に手を上げたことは、正しい行為ではありませんでした。

でも、お願いします。今回は、今回だけは、どうか、見逃してくださいませ。ユートリア様は、十分すぎるくらい耐えてこられたんです。お願いします。お願いします……」


そこにいた使用人は、ユートリアが乳児の頃からずっと面倒を見てきた乳母だった。

使用人としての経歴は、それより前から築いていたので、もう何十年も王室を支えてきた。


だからと言って、いち使用人が国王の命令に背いて進言するのは、今までの献身を台無しにするほどの無礼だった。

仕事も財産も全て失いかねなかった。それでも、ユートリアの面倒をずっと見てきたその使用人は、どうしても国王の命令に従うことができなかった。


国王は何が起きたのか分からないと言った様子で、しばらくの間呆然と使用人を見ていた。

使用人はクビを覚悟で頭を下げ続けた。


「わかった。もういい」


国王はそういうと、踵を返して去っていった。

ユートリアはその間も、部屋の中で声を殺して泣いていた。



次の日、国王とその2人の子どもは、朝食の席で顔を合わせた。

嵐の後の静けさのように、誰も昨夜のことを話題にすることもなく、淡々といつも通り食事を進めていた。


ほとんど食べ終わった時、ユートリアが口を開いた。


「今日この後、国立魔法学校に出立します」


国王は顔を上げてユートリアを見たが、彼の視線はずっと下に落とされていた。


食事の後、ユートリアは早々に馬車に荷物を積み込んだ。

国立魔法学校内にある王族の邸宅に暮らすことになるので、しばらくここで国王や姉の顔を見る必要はなくなる。

自分のものが王城から運び出される度に、ユートリアは心が軽くなるように感じた。


準備が終わり、ユートリアが馬車に乗り込む直前、周りの使用人が何かに気づき、顔をこわばらせた。


「待って」


軽く息を切らしながら、フレーシアがやってきた。

ユートリアは足を止めて振り返り、黙って彼女の言葉を待った。

周りの人間はみんな、どうかいつもの失言だけはしないでくださいと心の中で祈っていた。


フレーシアは送り出す言葉を考えてきていないようだった。しばらくの間弟をじっと見ながら考え込んで、やっと口を開いた。


「私もずっと、同じことを考えていたの。あなたが私に魔法で勝てていたら、きっと、全部良かったのにって」


やってしまったと思いながら、周りの使用人は恐る恐るユートリアを見た。

彼は顔を顰めるでもなく唇を噛むのでもなく、ただ無表情のまま、むしろどこか憐れむような目で姉を見つめた。


「……本当に、何も分からないんだね」


そういうと静かに馬車に乗り込んで行った。

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