第71話 過去5(ユートリア)
ユートリアはまるで自分の感情のぶつけるように、課された苦役に自ら没頭した。
手でペンが持てなくなるまで勉強を続けたこともあったし、連日社交界に繰り出して何百人の名前から嗜好まで頭に叩き込んだこともあった。
そしてもちろん、この世界で何よりも重要視される魔法の研鑽にも全く手を抜かなかった。
それらの弛まぬ努力のおかげで、ユートリアは実の姉と比べ、当然知識も社交術も優れていた。
しかしどういうわけか、魔法だけは一度も勝つことができなかった。
ユートリアの方がたくさんの時間、優秀な教師に教わっていたにも関わらず、人並み程度にしか魔法を磨いていないフレーシアの方が常に一枚上手だった。
ユートリアの魔力は、10歳の頃には魔法学校に入れるほどには高かったのに。
実戦での魔法技術も優秀で、模擬試合で同年代はほとんど相手にならず、大人相手にも善戦し、勝利を収めることも多かったのに。
それでも姉には一切勝つことができなかった。同じ魔法で、ほぼ同じ時間生きているにも関わらず、いつもフレーシアの方がわずかに、けれども確実に実力が優っていた。
2人の確かな魔法の差は、ユートリアが抱く姉への嫌悪をいっそう募らせた。
しかしそれと同時に彼は、能力不足と姉の才能を素直に認められない自分を嫌った。
フレーシアを前にすると、自分の愚かな部分が曝け出されるように感じた。
姉の瞳が嫌いだった。全てを沈み込ませる暗黒色のあの瞳は、自分と同じ色のあの瞳は、鏡のように反射してこちら側を映し出してくる。
幸いなことにフレーシアが後継者教育を降りてから、ほとんど会わずに生活できるようになった。
ユートリアが教育を受けているときには会わないし、社交界ではフレーシアが必要最低限参加しない。
たまに城内ですれ違ったが、ユートリアはほとんど他人のように通り過ぎた。そういった生活が数年過ぎた。
2人が13歳になったばかりの時、家族3人の夕食の席で、突然国王がこう言った。
「魔法学校の学長には、王室の人間がなることになっている。
だから2人が14歳になったらそれぞれ、国立魔法学校と国立第二魔法学校の学長に任命する。
14歳の誕生日に、魔法の模擬試合を執り行って、勝った方を国立魔法学校の学長にする」
ユートリアはそれまでフレーシアに勝ったことはなかった。それは父親も知っているはずだった。
(国王は、フレーシア姉さんを国立魔法学校の学長にするつもりなんだ)
とユートリアは解した。
国立魔法学校と第二魔法学校は、どちらも素晴らしい学校だ。教育環境も学生への支援も同水準のものを提供している。
しかし、国立魔法学校が60年前の建国当初から設立された歴史を持つのに対し、第二魔法学校は設立20年ほどしか経っていない。
知名度も国立魔法学校の方が高く、卒業生の水準も高く、それゆえにまた優秀な生徒が集まった。
両方の学校に入れる生徒が、あえて第二学校を選ぶ理由はなかった。
優劣を語ろうとすれば、国立魔法学校の方が第二魔法学校よりも優っていると言わざるを得ない。
国1番の学校の地位は国立魔法学校に渡されており、ほとんど不動のものだった。
「……どうして?」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、ユートリアは言った。
父親の耳には届いていなかったようで、視線で聞き返されたが、すぐ「なんでもないです」と言って俯いた。
なぜそんな言葉が口をついたのか、ユートリア自身にも判別つかなかった。
別に、国立魔法学校の学長になりたいなんて思ったことは一度もない。伝統的に、自分がどちらかの学長を任されることは予見していたが、どちらを任されても責務を全うするつもりだった。だからこそ、はいそうですかと認めて終わりな話なのに。
フレーシアに学長が務まるのかという疑問はあったが、優秀な理事長を任命して運営を任せれば、彼女はお飾りの学長として君臨するだけで問題ない。
そして魔法がより優れている方が国立魔法学校を任されるのは、至極真っ当な話だ。
ユートリアは自分の疑問に自ら答えるため、下を向き腕をぐっと握りながら、頭の中で国王の判断は妥当だと自分に説明した。
姉さんの方が魔法が優れているのだ。魔法学校の学長に相応しいのは、姉さんの方だ。
フレーシアは相変わらず、何を考えているのかわからない顔でぼうっと話を聞いていた。




