第70話 過去4(ユートリア)
勉強においても、2人の差はすぐに開いた。
初めのうちは、2人揃って後継者教育を受けていた。同じ教師から同じ時間に、同じ内容を勉強していた。
「……ですから、人が魔法を使うのとは別に、自然の中でも条件が揃えば魔法が発動すると考えられています。
水を寒いところにとっていくと、〈氷〉魔法の条件が揃って、氷が生まれます。それから……」
ある日、魔法現象学の授業を受けていた。
基礎中の基礎の分野だったから、その部分が理解できないと、その後の授業を進められなくなる内容だった。
「では、何か質問はありますか?」
フレーシアが小さく手を上げた。
「水が氷になるのは魔法のせいだって、どうしてわかったの?」
教師にもユートリアにも、フレーシアの質問の意図がわからなかった。
「……なぜって、水が勝手に氷になることはないでしょう? だから魔法の力が働いているってわかるのですよ」
「でも、水を氷に変えたのは魔法の力じゃないかもしれないのに。
『私は氷の魔法です。水を氷にしたのです』って魔法が喋ったのではないんでしょう?」
教師はぷっと吹き出した。
「そうですね。魔法は喋りません。でも、この世界には、『人間』と『もの』と『魔法』があって、『もの』はひとりでに変わらないんです。
『人間』が働きかけるか、『魔法』が働きかけるか、『人間』が『魔法』を使って働きかけるかしか無いんですよ。
水が氷になるのは、『人間』が働きかけたのでないのですから、『魔法』が働きかけているのです」
そう言って教師は教科書のページをめくろうとしたが、フレーシアはまた畳みかけた。
「その3つしかないって、どうしてわかったの? 『魔法』以外の原因がないって、どうしてわかったの?
人間の使うものだけが、『魔法』かもしれないって考えた人はいなかったの?」
どうして、なぜと一向に納得しないフレーシアを前にして、初めのうちはニコニコ答えていた教師も、だんだんと苛立っているのがわかった。
次の内容に進めることもできず、教師に焦りも見えていたし、ユートリアも迷惑だった。
結局、その日の講義はそれ以上進めることができなくて、予定の半分も終わらなかった。すると教師は、最後に2人にこう言った。
「今日の内容はユートリア様は理解できた様子ですが、フレーシア様には難しかったみたいですね。
ですので宿題を出します。ユートリア様は次の講義までに、今日の内容をフレーシア様に説明しておいてください」
どうしてそんなことを、とユートリアは抗議の姿勢に入ったが、教師はそそくさと退席してしまった。
あまりの放り投げ方に絶句した。
仕方なくユートリアは姉に説明を始めたが、先ほどと同様、フレーシアは一向に納得を示さなかった。
ユートリアにも次の予定があったので、それに遅れると言う切迫感や、なんで僕が教えないといけないんだという腹立たしさや、その上なぜか、自分でも説明できない何かがひどく神経を逆撫でて、思わず強く机を叩いた。
「どうしてそういうものとして受け入れてくれないの。
僕らは勉強始めたばっかなんだから、細かい原理とかわかるわけないじゃん。
もっと勉強が進んでから1人で勝手に調べてよ」
フレーシアはただ一言、ごめんなさいと呟いていた。
その感情が入っているのかいないのかわからない謝罪で、ユートリアはさらにイライラした。
彼は何も答えず部屋を出た。
いつの間にか2人には別の先生がつくことになった。
それ以降、ユートリアとフレーシアの学習進度は差が開く一方だった。他の講義でもフレーシアはすぐ飲み込むことができなかった。
いつの間にか国王は、フレーシアは後継者教育を受けなくてもいいと決めたらしい。
フレーシアは必要最低限の知識やマナーを身につけた後、特に何の目標も制限もなく、自分のペースで学ぶことを許された。ユートリアはことあるごとに城内で自由に過ごしているフレーシアを見かけた。
中庭で花壇を見つめながら、優雅に紅茶を嗜む姉を見ると、ユートリアは行き場のない怒りが込み上げてくるのを感じた。




