第69話 過去3(ユートリア)
ある日、勉学の合間の休憩時間に、ユートリアはフレーシアとケーキを食べていた。
その時給仕していたのはエミリーヌという、16歳くらいの若いメイドで、大人というよりも少し歳の離れたお姉さんという感じだった。
城に来てから1年くらい経っていて、お互いだいぶ気心が知れるようになり、友人のような関係性になった。
ユートリアはふと、エミリーヌの元気がないことを感じ取った。何かあったのかと尋ねると、
「お気遣いさせてしまってすみません。実は、飼い犬のメロが、昨日、病気で死んでしまったんです」
と少し震えた声で答えた。
メロはエミリーヌが小さい時から飼っていて、ペットというより、妹同然の存在なんだと、かつて話してくれていた。
ユートリアとフレーシアも撫でさせてもらったことがあって、真っ白でふわふわした毛並みに指を埋めると、嬉しそうに尻尾を振るわせていた。
エミリーヌがメロをとても大切に育てていたことは、その時の記憶だけでも十分わかった。
ユートリアがかける言葉に迷っていると、隣で聞いていたフレーシアが口を開いた。
「それは残念ね。新しいの買ってあげましょうか?」
その言葉を聞いたエミリーヌは、無理して笑っていた顔をこわばらせ、唇を震わせていた。
ユートリアは慌てて、どうしてそんなことを言うのか詰め寄ると、
「だって、犬がいなくなって悲しいんでしょう?」
とキョトンとした表情で答えた。フレーシアの目は真剣そのもので、冗談を言うつもりも相手の気分を害するつもりもないように見えた。
ユートリアはその時初めて、姉に対する違和感を自覚した。
それと同時に、なんて説明したらこの姉が理解を示してくれるのか、苦心し続けることになった。
また別の日、ユートリアは朝の授業が始まる前に、王城の調理室に来ていた。
ユートリアは料理人たちとも仲が良かった。この日は王の来客のためにお菓子を作るから、こっそり食べさせてあげると招かれていた。
甘いお菓子を食べ終わって少し談笑していたら、フレーシアが両手に何かを抱え入ってきた。
見ると、もうすでに冷たくなった子猫が腕の中で目を瞑っていた。
「昨日の夜、ずっと外で鳴き声がしていたの。それで今朝、声がした場所を見に行ったら、この子がいたの」
どこから迷い込んだのか、まだ目も開いていないその小さな亡骸は、最後の最後まで誰かを読んでいたかのように口を開いて絶命していた。
可哀想な子猫と、静かに視線を落とすフレーシアに、料理長は何て声をかけたら良いか、一瞬考えあぐねていた。
埋葬してあげましょう、と優しく声をかけようとした時、先にフレーシアが言葉を続けた。
「だから、ゴミ箱を探しにきたの。生ゴミだと思うのだけれど……」
料理長は思わず絶句した。その後彼が、
「捨てるのではなく、中庭に埋めてあげたほうが良いですよ」
と言うと
「どうして?」
と純粋無垢な瞳で聞き返した。
社交の場でも、姉の発言一つで場が凍りつきそうになったことが何度もあった。
その度に隣にいるユートリアが取り繕わなければならなかった。
ある時、立食形式のパーティーに2人は参加した。
重要な貴族の子息が多数集まり、皆ユートリアとフレーシアに挨拶しようとひっきりなしにやってきた。
その中の1人に、父親とも懇意にしている大貴族の血筋で、ユートリアたちとも年の近い令嬢がいた。
社交の場に参加するのはほとんど初めてといった様子で、両親の後ろを懸命に追い、慣れない動作で自己紹介をして、家族が他人と話し込んでいる時には目新しそうに周りをキョロキョロとしていた。
ドレスは母親と選んだのか、流行のデザインではなかったが、全く古さを感じさせないほど上手に着こなしていた。
鎖骨から手首にかけて、上質なレースが身体の線を際立たせていて、肩から少し下の部分にボリュームのあるスリーブの袖、ウエストよりも少し高い位置から膨らんだ柔らかいスカートは、令嬢の華奢な身体を最大限の魅力として引き立てていた。
その令嬢が2人の元にやってきた時、フレーシアの美しい髪に魅せられた様子だった。
先ほどまでは必要最低限の言葉を発するだけで精一杯のように見えたが、どうしても言いたい、と思ったのかもしれない。
フレーシアに対し、手で口を覆って驚いた素振りを見せながら、
「絹のような髪が綺麗」
と純粋に称賛してくれた。
それを聞いたフレーシアは、マナーの先生に教えてもらった作り物のような笑顔を貼り付けて
「あなたの手も素敵。他の人より大きくて」
と言い放った。
令嬢の顔から笑顔が消え、困惑し、悲しむような表情に変わった。
ユートリアが間髪入れずに
「というより、指が長いんだよ。ピアノをやっているんでしょう?」
と言って話を逸さなければ、ずっと関係が拗れていたかも知れなかった。
そのパーティーの後、フレーシアにどうしてあんなことを言ったのか尋ねると、
「手が大きくて素敵だったから。どうして手が大きいと言ってはいけないの?」
と、また純粋な目で聞き返すのだった。
それからもユートリアは、姉と自分は、考え方が全く違うと事あるごとに思い知らされた。
周りの大人の勧めでフレーシアは必要最低限の社交界にしか姿を現さないようになった。
王室の祭事等ではフレーシアがどんな予想外の行動をするかわからず、国王の子息として大役はほとんどユートリアが任されなければならなかった。




