第65話 奇跡と法則
ユートリアは学長室の机に座り、各所から届いた報告書に目を通し、次の指示を行い、関係者への対応に追われていた。
もう随分捌いたはずなのに、目の前に積み上げられた書類は一向に減らなかった。
調査隊からの報告書を手に取り、ゼクスが仲間の情報を自白したことを知った。
少しずつ事件が本当の終息へ向けて動き出しているように感じたが、まだ気は抜けなかった。
ゼクスが吐いた情報によると、仲間は後1人で、その人相は詳らかになったらしい。少なくともそいつを確保しなければならない。
突然扉をノックする音がした。声だけで応え、中に通すと、秘書のアンナがドアを開けた。
慌てた様子でユートリアに近づき、一言二言報告した。
ユートリアはアンナが報告を言い終わらないうちに、立ち上がり部屋を飛び出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ユートリアが嵐のようにやってきて、また去っていった後、ジオの部屋をノックする音が響いた。
出ると、バスケットを両手に抱えたシグリアと、その背中からひょこっと顔を出すミオンがいた。
「今いいか? ノアと、それからみんなに、お礼を言いに来たんだ」
ジオは2人を中に通し、使用人に紅茶を入れて来るよう頼んだ。
シグリアはバスケットからアップルパイを取り出した。焼きたてらしく、部屋中にシナモンとバターの香りが広がった。
「うま!!!」
サンは一口食べるなり叫んだ。
バターと砂糖、小麦粉、りんごと、シンプルな材料しか使われていなかったが、素朴で、それでいて洗練されていて、そこにいた全員が各々の仕方で同意していた。
「よかった。祖母のレシピなんだ」
シグリアはふふっと笑った。それからノアの方を向いて言った。
「改めて、先日の路地裏で、そして今朝も、助けてくれてありがとう。
君がいなかったら今私はここにいなかった」
ノアは美味しいアップルパイに夢中だった。
シグリアに声をかけられると顔を向けて、お礼が響いたのか響いていないのかわからない様子で、ニコニコしながらじっと見上げていた。
「……かわいいな」
シグリアは思わずそっと頭を撫でた。
「みんなもありがとう。今朝のこととか、色々」
シグリアのアップルパイは美味しくて、あっという間になくなった。
全員は紅茶を飲みながら、まだ一仕事残していそうなユートリアを案じていた。
「てかさ、学長、魔法2個なかった? あれ何? なんで??」
思い出したようにサンが言った。
「ユリア様は、生まれつき〈火〉と〈水〉の魔法が使えるんだよ。
人類の魔法史上最大の奇跡って言われていて、誕生した時は、それこそ、城中を騒がせたらしい」
以前から知っていたらしいジオが答えた。
「まじかぁ。でも、それならもっとニュースになって、国民全員が知ってても良いんじゃね?」
サンはそう言って、「みんな知ってた?」と尋ねるように周りを見た。
シグリアは首を横に振った。ミオンは
「入学前に1回、ユリア様に会ってたから知ってた」
と答えた。
ちなみにランスは知っていた。以前読んだ古新聞にそんなことが書かれていた。
「本人は別に、隠してもなければ周知しようとしてもいないんだよな。
ただ、あまりに常識に反しているから、風の噂で人伝に広まるには信憑性が足りなくて伝わらない。
結局本人に直接会って、実際見せてもらわない限り、信じられないんだよな」
ジオの言葉を聞いたサンは、「それもそうか」とサンは納得した。
「じゃああの人、世界で唯一、魔法2個ある人間なのかな」
サンの言葉に、ジオは首を横に振った。
「いや、ユリア様の、双子の姉君もそうだ」
「え、あの人姉さんいんだっけ」
サンの町では、あまり王族の親族関係について話題に上がらないみたいだった。
「同じ両親から生まれたら、必ず同じ魔法になるんだったか」
ランスは魔法の知識を復習するように聞いた。ノアに魔法の常識を教える意図もあった。
ジオはなんとなくその意図を汲んで、少し詳しく説明した。
「そうだな。最初に子どもが生まれる時は、何の魔法で生まれるのか誰も分からないけど……
同じ両親から生まれていれば、その子どもは必ず同じ魔法になる。どんなに珍しい魔法でも、必ず」
ミオンはジオの言葉に頷きながら、ノアに向かって補足した。
「私もお姉ちゃんとお兄ちゃんがいるんだけど、みんな〈治癒〉の魔法なんだ。
私の家の場合は、お父さんもお母さんもみんな、家族全員〈治癒〉魔法なんだけど……」
シグリアはそれを聞いて、「へぇ、珍しいね」と驚いていた。
「お父さんとお母さんは病院で働いている時に出会ったから、2人とも〈治癒〉の魔法だったの」
ミオンがそう付け加えると、
「そうなんだ。まあ、親と同じ魔法の子も、結構いるよな。
私の体感だと、母親と同じ魔法の人が3割、父親と同じ人が3割、両親と違う魔法の人が4割って感じかな」
とシグリアは語った。ノアはコクコクと頷いて、一連の新しい情報を記憶媒体に書き込んだ。




