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第63話 推察

「え……」


ランスの言葉を、ユートリアはうまく飲み込めなかった。


「ちょっと待って、どうして君にそれがわかるの?」


ランスは真っ直ぐユートリアの目を見て答えた。


「シグリアに、怪我をした時の詳細を聞いたんだ。

液体に触れてすぐ、焼けるような痛みが走った、傷は真ん中が白く、周りが赤くなって、(うず)くように痛んだと言っていた。


それと、今朝襲撃犯が侵入する際、鉄製の錠前と鎖をボロボロにしていた。

皮膚表面の熱傷も鉄の融解も、酸性の液体で起こる。


それに対して、さっき襲撃してきた奴の液体は、ノアがぶつけた鉄の扉とは反応していなかった。

そして運悪くあいつの液体に沈められたリスの死骸は、表面が石鹸みたいにぬるついていた。


今朝の襲撃者の魔法は塩基性の液体だ」


ユートリアはランスが何を言いたいのかわからなかった。

先に述べた2つの現象と後に述べられた2つがどうしてそんなに決定的な違いとして語れるのか分からなかったし、

酸性だとか塩基性だとか言われてもピンと来なかった。


ランスも当然自分の説明が伝わらないことがわかっていた。

科学者の(さが)として最低限の説明を提示しただけで、これで理解してもらおうとは到底思っていない。


「要するに、俺から見たらこの2つの液体は全くの別物なんだ。


鉱石収集家は、一般人から見たら『石』としか思えないものでも、『花岡岩』『安山岩』『玄武岩』と見分けられるだろ。


それと一緒で、科学者から見たら、『人間を溶かす液体』でも、シグリアの皮膚を溶かしたものと、リスを溶かした今朝のあいつの魔法は、全くの別物なんだよ。信じろとしか言いようがないけど」


ユートリアにとってランスの進言は全く意図していないものだった。

しかし考えれば考えるほど、自分の中で無意識にしまい込んでしまった違和感が、はっきりとした輪郭を描いて表出してくるように感じた。


今朝やってきた襲撃犯は、ユートリアも王室の調査隊の目も出し抜いて、学生を襲い、学校に侵入するほどの能力があるはずなのに、

肝心の学校侵入後の所作は自暴自棄的な、考えなしの愉快犯みたいだった。むしろ浅はかなくらいだった。


「そういう奴だったんだ」と納得してしまうこともできるといえばできる。

しかし裏で動いていた人間が別にいると考えた方が自然なのではないか。


「……ねぇ、学校の外で起きた通り魔事件は、どうして全部雨の日に起こったのかな」


ユートリアはふと思いついた疑問を口に出した。

ランスは少し考え込んで言った。


「勝手な憶測になるけど、2種類の液体があるってわからないようにするためとか、奇襲を成功しやすくするためとかじゃないか。

液体の種類や濃度によるけど、酸性と塩基性で皮膚を溶かすときの感覚は違う。酸性の液体は触れてわりとすぐ痛みが出る。

塩基性の方は初めのうちは濡れている感覚があるだけで、いつの間にか深い傷になる。その場合、いつから液体に侵されていたのかがわかりづらい雨の日の方が都合いいと思う」


ユートリアはそれを聞き、なぜ今朝の犯人がシグリアにあれほど執着していたのか合点がいった。

単純に逃げられた悔しさからだと解釈していたが、そんな私怨のまま感情的に行動する人物が今まで捕まらず、入念な準備の上で侵入計画を実行できたのが不思議だった。


そうではなくて、シグリアを消すのにこだわったのは、明確に彼女の口から証言を封じるように、実行犯ではない人間から頼まれていたのではないだろうか。

ランスの話を信じる限り、今朝来た男の魔法は「塩基性」で、シグリアが言うような「触れた瞬間に痛みが走った」という表現にならない。


あの日彼女が対面したのは今朝の男とは違う人間だということだ。

これからも2人いることを隠し続けるためには、シグリアの証言があまりにも邪魔だ。


「……悪いけど、もう少し学校閉鎖は続くことになりそう」


そう言い切るか言い切らないかのうちに、ユートリアはジオの部屋を出た。


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