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第6話 心配

「あの……!」


唐突に聞こえた声に、ランスは驚いて顔をあげた。


考え事をしてる間、無意識に視線を下げていて、目の前に立っている生徒に初めて気がついた。

亜麻色(あまいろ)のふわふわした髪を下ろし、スカートを抱え込んでしゃがみながら、大きな瞳でじっとランスを見つめている。


「あの……だ……大丈夫……?」


「……大丈夫」


どう見ても大丈夫ではなかったが、ついそう返した。


「あの……ごめんなさい……私……止めなきゃ……いけなかったんだけど」


そう言いながらその生徒は肩を震わせ、大きな瞳を(うる)ませた。

少し瞬きをしたらポロポロとこぼれ落ちてしまいそうだった。


いかにも大切に育てられ、人の悪意に耐性がなさそうなその少女は、

先ほどからランスに向けられた担任やノートンの敵意を受けて、自分のことのように傷ついてしまうほどの繊細さを持っていた。


「あ、いや、いいよ。関わらない方がいい」


あんなところで止めに入ったら、ランスだけではなくこの生徒にも、入学初日から変なレッテルを貼られることが目に見えている。

いずれ退学になる自分とは違い、目の前の生徒はこれから長い学生生活があるのだから、自分と関わってそれを破綻させてしまう方が恐ろしい。


ランスは目の前の生徒が止めに入らなかったことにむしろ安堵(あんど)を感じ、嫌な場面に遭遇させた申し訳なさすらあった。

目的地なんてなかったが、その場を立ち去ろうとした。


体を持ち上げようとした瞬間、右腕に鈍い痛みが走った。

さっき殴られたところがすっかり変色しており、骨も折れているようで、思うように動かせなかった。


「あの……待って!」


そう言って目の前の生徒は近づき、打撲跡に自分の手を重ねた。

彼女の手から、オレンジ色の光が出ているのがわかった。その光に触れると、みるみる赤黒い痣が消え、骨の痛みも無くなった。


その様子を見ながら、ランスは目の前の女子学生の自己紹介を思い出した。

ミオンと名乗り、魔法は〈治癒〉だと言っていた。


胸元の校章は学年色である青色と、銀色で縁取りされている。おそらく学年次席の証だった。

先ほどの魔力測定ではジオの数値に(かす)んでいたが、事もなげに4751という数値を叩き出していた。


ランスが考えている間にも、ミオンは目についた傷にどんどん自分の手をかざしていった。

傷がほとんどなくなって、ランスは痛みなく立てるようになった。


「ありがとう。助かった」


礼をいうとミオンは驚き、わたわたと必死に首を振った。


「こんなの全然……! 本当はもっと……初めからちゃんと……止めなきゃいけなかったのに」


「いや、いいよ止めなくて。危ないから」


「え……でも…………」


驚いて目を見開き、自分ごとのように震えているミオンを見ると、ランスの方が傍観者のようだった。


「えっと……なんでこんなところにいるんだ?」


人が誰も来ない、奥ばった中庭に用事がある人間がいるとは思えず、ランスは純粋に思った疑問をぶつけた。

ランスのこの言葉に、ミオンは耳を赤くして答えた。


「わ……あの……私、人見知りで…………。授業終わって、たくさんの人話しかけてくれたけど、緊張して……」


その解答も、なんとか絞り出したような弱々しい声で返ってきたため、ランスは早いところ切り上げた方がいいと察した。

改めて礼を言い、また立ち去ろうとした。


「あの!」


ミオン最後にランスに呼びかけた


「私に、何かできることはある……?」


その声はどう見ても怖がっていて、それでいて必死に振り絞った勇気から何とか発していることがわかった。


「本当に、何もしなくて大丈夫だから。傷、ありがとう」


その言葉にいつまでもミオンはびっくりしていたが、ランスはこれ以上関わる必要ないと思い立ち去った。


――――――――――――――――――――――――――――――――


ユートリアの秘書、アンナは一人で廊下を歩いていた。


「だから言ったのに……」


アンナはたった今、学長室から追い出されたところだった。

例の新入生について、授業に区切りのついたゾフィが早速ユートリアに進言しに来たのだ。


「あれはちゃんと授業を受けられるほどの魔力もなく、他の生徒の学習にも影響が出ます!

あんな生徒、いるだけでこの学校の威信を傷つけます! 早々に! 退学処分にすることを要請します!!」


ゾフィのあまりの剣幕に、見ていただけのアンナすら萎縮したのだが、当の学長はニコニコ笑いながら、


「少し2人で話させて」


とアンナに言った。


いつ呼び戻されるのか分からないので、学長室をあまり離れられなかった。

ふらつく程度に歩き出し、中庭に面した廊下に着いた。


「……お姉ちゃん」


1人の生徒がアンナの後ろに立っていた。


「ミオン、ここでは先生と」


「……あ、そうだ。ごめんなさい、アンナ先生」


ミオンはハッと姿勢を正した。

昨日、学校の中では先生と呼ぶと約束したばかりだったのに、つい油断してしまっていた。


「どうしたの?」


そう聞かれて、ミオンは自分の言いたいことがまとまっていないことに気づいた。

ランスに立ち去られてしまった後、その場に立ち尽くしていると廊下の窓越しに姉を見つけたのだ。


「あの……同じクラスに、魔法があまり得意じゃない子がいて……」


ついアンナは顔をしかめた。

同じクラスだとは気づいていたが、初日から妹と関わってくるなんて思っていなかった。

アンナは優しい声で聞いた。


「……どうかしたの?」


「……どうにかしたい」


アンナは目を見開いて驚いた。

どうして最愛の妹に、ランスとか言うやつが初日で心配されているのか見当がつかなかった。


「魔法は使えないけど、でも、ちゃんと合格しているんでしょ?だからこの学校に入ったんでしょ?

だけど同じクラスの人が、魔法が使えないからって、酷いことをしていて、先生も、助けてあげてなくて……」


あぁ、そうか。ミオンはあまりに慈愛に満ちて、友愛の情に満ちているから、どこの誰とか関係なく、心配してしまうんだ。妹は優しいから。

アンナは自分の妹の純朴さを、可憐さを、尊さを改めて噛みしめた。


しかしこれは危険なことだった。もしこのままランスを教室に入れてしまったら、妹はきっと味方してしまう。


ランスの処置をどうするにしろ、早く何かしらの決着をつけ、教室から追い出すなり、認めさせるなりしてもらわないと、最愛の妹にまで嫌悪が飛び火してしまう。


「そう、わかったわ。私が学長に相談しておくから。何か決まるまで、あまりその子に関わっちゃダメよ」


優しい妹には酷なことだとわかっていたが、どうしても面倒事に関わって欲しくなかった。


「……わかった。ランス君もそう言ってた」


その言葉はアンナにとって意外だった。ランスのことを身勝手な考えなしだと勝手に結論づけていたからだ。

少しだけ困惑が残っていたが、いずれにせよ妹に被害が及ばなそうなので良しとした。

ミオンを安心させるため、昔したような指切りをして、その場を立ち去った。


学長室に戻ると、ゾフィが真っ赤な顔で出ていった。

すれ違うように中に入ると、ゆったり紅茶を飲んでいるユートリアがいた。


「対策は取るって言ってんのに、退学、退学ってずっとうるさかったんだ。

筆記試験に対しても懐疑的で、不正したことを狂信しているみたいだった」


グッと腕を伸ばすユートリアは、さすがに少し疲れたみたいだった。アンナはそんな学長にはっきりと言った。


「筆記がどうとか、魔法がないとかは知りませんが、とっとと何か行動を起こしてください。

あのままだと生徒たちに悪影響しかありません」


そう言い切ったアンナの顔を、ユートリアはじっと覗き込んだ。何かに気づいたようにハッとして、ふふっと笑った。


「そういえば君の妹も、彼のクラスにいるんだね。それは心配だね」


そう呑気に紅茶をすする学長が、アンナには憎らしくすら映った。


「……私情と切り離して考えても、今のままでは問題があると思います」


今までより一際重く、低い声で言った。それでもユートリアは決して臆せず、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ行こうか」


「え、どこに?」


「1年1組。早い方が良いでしょ?」


さすがにここまでの早さは想定外で、アンナは少し戸惑ってしまった。固まる秘書に学長が優しく話しかけた。


「大丈夫、ジオ君ともさっき話をしたんだ。彼も僕に協力してくれるよ」

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