第59話 偽悪
その後、シークは鉄の屋根に魔法を何度もぶつけた。
しかし単なる魔力のぶつかり合いではないからか、それを取り払うことはできなかった。
「ちっ……邪魔くせぇな……」
シークは一度冷静になって、周りをぐるりと見回した。
鉄のドームに隠れている〈琥珀〉の女と、教員、ノアを含めて、最初に数え上げた33人は誰も逃していない。
この一角は校舎からも見通しが悪いことは確認済みだ。誰も報告に行っていなければ、増援が来ることもあるまい。
先に他の生徒どもから始末するか。
さっきの反応を見るに、どうせさっき教員押しのけてきた奴が一番強いんだろう。俺なら殺せる。
そいつさえ片付けてしまえば、残ったガキは一瞬で葬れる。その後にあの女を殺す方法を考えても、遅くはない……。
しかしあの、〈浮遊〉のガキをどうするか。あいつが守りに入って邪魔をし続ける限り、あの女だけ始末ができない……それなら……。
男は生徒一人一人のわずかな動きにも注意を注ぎながら考えていた。
一歩でも動いたら殺すと言わんばかりに凝視していた。
突然今まで奥の方でじっとしていた男子学生が動いた。
「お前から死にたいのか」
男はランスの方から水の巨人の歩みを進めさせた。
ランスは鉄のドームを指して言った。
「違う。交渉したいんだ
〈琥珀〉魔法の生徒を差し出すから、俺と弟は見逃してくれないか?」
クラスの全員が耳を疑った。シークも何を言っているのか始めは理解できなかった。
「……何だと?」
「〈浮遊〉の魔法を使うこの子どもは、俺の弟なんだ。俺が言えば、この鉄の防御壁も退かす」
ノアはポカンとした顔つきでランスを見た。
鉄のドームの奥からシグリアの声が響いた。
「ランス!? どう言うつもりだ。
ノアに私を守らせて、あいつの攻撃が私に向いている間、学校側の誰かが気づく時間を稼ぐって話だっただろ!」
「本当は守りたかったけど、あいつの口ぶりだと、〈琥珀〉魔法の生徒を殺すことが相当優先順位高いみたいだから。
シグリアの命と引き換えに、俺とノアが助かるなら、その方が良いような気がしてきた」
「な……!?」
躊躇いもなくスラスラとそんな文句が出てくる男子生徒に、襲撃者は失笑を隠せなかった。
「お前、面白い奴だな。この状況で度胸がある。
しかし弟と2人って、随分欲張った要求じゃねぇか。俺に差し出されるのは1人だろ? 計算が合わねぇ」
じゃあ、弟だけでも見逃してくれ。そんな月並みな感動句を引き出すつもりで、シークは揶揄うように言った。
しかし続くランスの言葉で、その揶揄いは無益だと分かった。
「クラスメイトを売るんだから、見返りに弟の命くらい付いてこないと、助かった後が怖い」
ははっと男は乾いた笑い声を響かせた。
こいつは別に、弟すらも、心から守りたいんじゃないのか。体裁を気にしているだけだ。
さっきの馬鹿ガキみたいに他人を売って自分の命だけ守ろうとしたら、助かったとしても、後で後ろ指刺されるのは目に見えている。
ただ「クラスメイトの命と引き換えに、自分の弟を救いたかった」だとしたら、許されることではないにしても、同情の余地が生まれる。
こいつは、その「仕方なかった」を他人から引き出せる材料が欲しいだけなんだ。今後の安寧のために。
根っからの悪として生きている自分とは違い、目の前のこいつは日常生活に溶け込んだ悪の原石みたいなやつなんじゃないかとシークは思った。
「気に入ったよ、お前。お前が提示した条件に加えて、俺の仲間になるって言うなら、交渉をのんでやらんこともない。
ところでお前、魔力はいくつだ?」
ニヤッと笑いながら尋ねた。ランスは少し視線を逸らしながら言った。
「……ない」
「は?」
「魔法は使えない」
「……テメェ、何の冗談だ?」
シークは額に血管を浮かび上がらせて聞き返した。
結局ランスの交渉は本気ではなく、ふざけているんだと判断した。
せっかく一瞬聞く耳を持ったというのに、おちょくられたように感じた。
決めた。もう決めた。あいつから殺ろう。男は右手の鎖を引いて進軍させようとした。
「お前こそ、何の冗談だよ。ふざけんな」
突如、シークは、魔法で作った巨兵軍が半分以上散っていったのを感じた。
後ろの聞き慣れない声に振り返ると、知らない少年が立っていた。
「ユートリア様……!?」
クラスの誰かが声を上げた。




