第58話 限度
シークの魔法の大きな手が、今まさにシグリアに覆い被さろうとしていた。
「ノア」
ランスの合図とともに、ノアが魔法を発動した。
非常口を塞いでいた鉄の扉が2枚とも、バキッと音を立てて外れた。
それがシグリアを覆い隠すように巨人の拳との間に浮かんだ。
「あいつ……!! 〈浮遊〉のガキか!」
その特性に心当たりがあったシークは、額の血管を浮かび上がらせて目を見開いた。
「馬鹿野郎が! そんなしょぼい扉で、俺の魔法が防げるわけないだろうが!!!」
実際、巨人の拳は鉄の扉よりも一回りも二回りも大きく成長していた。
シグリアは眼前に現れた鉄の扉では、到底覆いきれていない透明な拳を前にして、仮に正面から防げたとしても、溢れて地面に跳ね返った液体が自分に覆い被さるのを容易に想像できてしまった。
ノアは巨大な魔法を見上げながら、それでもなお何も焦った様子はなかった。
自分に入力済みの知識を思い出しながら、じっと鉄塊を見つめていた。
金属は引っ張ると針金状に引き延ばせるし、叩いたら鉄板状に広がる。
岩石や木片なんかではこうはいかない。引っ張ったら割れたり裂けたりするし、叩いたら砕けて粉々になる。
なぜ金属がこのような変形をするのか、ノアは科学によって教えられていた。
金属は「金属結合」と呼ばれる、電子の軌道を物質全体で共有しているような、特徴ある結びつき方をしているからだ。
これにより金属は光沢を放ち、熱・電気をよく伝え、そして延性・展性を持っている。
科学の理解がノアに与えたミクロの視座は、原子レベルでの魔法の干渉を可能にしていた。
ノアに持ち上げられた鉄の扉は、次の瞬間、粘土にでもなったかのようにぐにゃりと形を変えた。
2枚の扉が組み合わさり、平たくドーム状に広がり、シグリアを隙間なく覆い隠して、水の拳を受け切った。
「は……?」
シークは何が起きたかわからないといった顔で一瞬立ち尽くした。
かと思えば眉間に跡を残しそうなほど皺を寄せて、困惑を隠せないまま荒々しく叫んだ。
「んだよそれ! 何の魔法だよ、お前は!? 〈浮遊〉の度を越してんだろうが!!」
そこにいた誰もがその疑問には同調するかのように、呆然と鉄のドームを凝視した。
〈浮遊〉の魔法で、一瞬で鉄塊をこんな形に変えられるわけがなかった。
普通は〈浮遊〉の力で変形させようとした場合、魔法の当たる場所を分散させて、別々の方向に力を入れるが、そうしたら鉄の強度を超えた段階で、ちぎれたり割れたりするはずだった。
襲撃者の言葉を、そして周囲の反応を受けて、ランスは思った。
…………度を越してんのか?
これくらいの金属加工なら、博士は普通にやっていた。
この技術が、博士の本来の魔法の力なのか、科学知識との合わせ技なのか、ランスには判別できていなかった。
執筆遅れそうなので明日から20時更新になります。




