第46話 調査中
「もうこれ弾けるのかよ。習得はや!」
サンは驚きのあまり声を張り上げた。
学校閉鎖中の休日、ランスは何もすることがなく、なるべく1人でいないよう注意喚起されていたので、ジオの寮の休憩室に連れて来られていた。
サンはランスにボードゲームを挑んだが、ものの見事にボロ負けした。ジオの書斎にあった本は読み尽くした。
最終的にサンがギターの弾き方を教えてくれることになったが、これもすぐ暇つぶしにならなくなってしまいそうだ。
「こんなにすぐ弾けるようになる奴、俺の町にもいなかったわ。後で合奏しよう」
サンはそう言いながら、ギターしか持ってきていないことを悔いていた。
外を見ると、いつの間にか雨が降っている。中庭かどこかで気分転換することもできなそうだ。
見かねたジオが声をかけた。
「何か欲しい物とかあるか? 使用人に頼んで持ってきてもらうけど」
ランスは少し考えて言った。
「いや、大丈夫。特に思い浮かばないし」
「じゃあ、僕に科学を教えてくれるのはどう?」
ここにいるはずのない声に、ランスは思わず顔を向けた。
ランスが腰掛けるソファの背もたれに両肘をついて、微笑みながらこちらを見下ろすユートリアがいた。
「……なんでお前がここにいるんだよ」
「そりゃ、友達の部屋だもん。遊びにくるよ」
「ノックくらいしろよ」
「するよ。ここから応接間に入る時は」
つまり休憩室までならフリースペースだと思っているらしい。相変わらずの遠慮のなさにランスは怪訝な目を向けた。
ジオもサンもいつの間にか入ってきたユートリアに今気づいたようで、サンは「あれ、学長だ!」と声を出して驚き、ジオは一礼して席を勧めた。
ユートリアはランスの目の前の席に座り、その席に使用人が紅茶を持ってきた。
「こんなところでのんびりしていて良いのかよ。色々と忙しいじゃねぇの」
ランスがこう聞くと、ユートリアは机に置いてあった焼き菓子を頬張りながら答えた。
「すぐやらないといけないことは大方終わったからね。
色々と調査は進めてもらっているけど、今は少し、待ちの時間に入ったんだ。
休める時には休まないとね。あ、これ美味しい」
そう言ってパクパクとお菓子を食べ進めた。ジオは突然の訪問に怒るどころか、使用人に追加の焼き菓子を頼んだ。
「もう『J・シーク』の正体わかりそうなんすか?」
サンは興味深げにユートリアに尋ねた。それは脅迫文に書かれていた署名で、生徒にもその内容が公開されていた。
当然偽名だと思われるが、正体が一切わからない以上、事件の犯人の呼称として浸透していた。
「いや、それはまだ全然わからないんだ」
とユートリアは答えた。
「……でも少し、脅迫文とは別に、気になる事件があったんだよね」
「気になる事件?」
それはジオも知らない情報だったようで、詳細を求めるように復唱した。
「新聞とか見たらわかるけど、この学校の生徒もよく遊びに行く市街地で、ここ数週間の間に3件、通り魔による殺害事件があった」
殺害という想像以上の深刻な言葉に、サンは思わずえっと言葉を漏らした。
「そしてその3人の被害者は、特にこれといった共通点が見つからなかった。
最初の1人は建築業を営む50代の男性、次の被害者は街を転々と移動する30くらいの商人、そして一番最近の被害者は40代の作家の女性。
住む場所もバラバラで、この3人に関係性もない。ただ一つだけ共通していたのは……」
ユートリアは最後の一口になったマドレーヌを口に放り込んでいった。
「全員、魔力が3000以上あったんだ」
それが意味するところは、おそらく犯人は魔力が高い人を狙っていたこと、そして犯人にそれを相手にできる強さがあることだった。
「それ、犯人は狙って魔力3000以上の人を標的にしたってことですよね」
サンが驚いて尋ねた
「そうだろうね。無差別に選んだ人が、全員魔力3000以上あるなんて偶然にしてもあり得ない。
さっきも言ったけど、3人にそれ以外の共通点もないしね」
「じゃあ、その犯人の魔力は最低でも3000あるんですかね。やば」
「そうだと思う。被害者は人通りの少ない路地裏で発見されて、多少の抵抗の跡があったらしい。
魔力が優ってたら逃げられたと思うよ」
そう言って紅茶を啜るユートリアをじっと見据えながら、ランスは何の躊躇いもなく呟いた。
「この学校の生徒狙うための、予行練習みたいな事件だな」
その言葉に、サンは「えっ」と声に出して驚いた。ジオもあえて自分が言わなかったことを言ったランスの方に顔を向けた。
「……うん、本当にそうなんだよ。
だから脅迫文の出所とは別に、この事件の犯人の調査も今まで以上に注力してもらっているんだ」
ユートリアはそう言いながらも、「まぁ、本当に関係あるとは限らないけどね」と補足を加えた。
ただその目はこの事件と脅迫文の関係を確信しているように感じられた。
「でも、その3件が同じ犯人の仕業っていうのはどうしてわかったんだ?」
ランスが尋ねると、ユートリアは答えた。
「犯行の手口に共通点が多かったんだ。
人気の少ない路地裏で、被害者が1人になったときに狙う。必ず雨の日に」
その話を聞くと、なるほど『J・シーク』は脅迫文を送ってくるだけあって、随分と舞台装置にこだわりがあるんだなという印象を抱かせた。
ユートリアは続けて言った。
「でもまぁ、一番決定的なのが、被害者の状態から、同じ魔法で襲われたことがわかることだね」
「何の魔法でやられてたんすか?」
サンが尋ねた。
「〈人間を溶かす液体〉の魔法だよ」




