第44話 停止
魔法列車が走り出した。
ノアは窓の外の移りゆく景色を興味深そうに眺めていた。
「王都に行くの?」
不意に隣から声が聞こえた。
ノアが振り返ると、隣の席に座った少女がこちらに顔向け、じっと回答を待っていた。
フードで顔のほとんどを隠していた。唯一見える右目も一切の感情を感じさせることなく、深海のように静謐な印象を与えた。
不思議な雰囲気を纏っていた。その表情は、ノアが学習したどんな感情とも結び付かなかった。
ノアは首を横に振り、西市街地まで行くことを伝えた。
「そう、私も同じところで降りるわ。国立魔法学校に行きたいの」
少女はそう言うと、顔を前方に向けて俯き、両目を隠しながら
「入れてはもらえないと思うけど」
と続けた。
それ以降特に会話をすることもなく、王都に位置する中間の駅に着いた。
乗り込んだり降りたりする客を分け入りながら車掌が近づき、ノアに手招きをした。
「ちょっと混んできて、悪いけど、残りの道は機関室に乗り込んでもらう」
そういうとノアの手を引いて連れて行った。
ノアの隣にいた少女は、一瞬不思議そうな顔をしていたが、それ以上気にする様子もなく視線を窓に向けた。
「悪いな、狭くて。ここ座れるか?」
ノアが案内された機関室は人が4人入ればいっぱいになってしまうほどのスペースで、前方にはブレーキや速度計などの各種装置が並んでいる。
そして中央下部には、大きな丸い魔法石が半分埋め込まれていた。
ノアに声をかけてくれた車掌ともう1人、16歳くらいの少年がいた。一瞬目線をノアに向けたが、挨拶もせず、ぶっきらぼうにまた前を向いた。
褐色の肌に埋め込まれたグリーンの瞳が目立って見えた。半袖のシャツは少し大きめで、肘のところまで隠している。
発車時刻になり、車掌が合図を出すと少年が魔法石に手を掲げた。
白煙を吹きつけたかと思うと、まるで捕食されているかのように、魔法石に当たったそばからかき消されていった。
しばらくすると魔法石が動き始め、繋がれた前方の車輪を回転させ、列車全体を前に進ませていった。
ノアが魔法石を興味深そうに眺めていると、一通り進路確認を終えた車掌が
「なんだ坊主、列車の仕組み見るの初めてか?」
と尋ねた。魔法石を見るのも初めてだと伝えると、車掌はびっくりした様子で「そんな奴がいるのか」と呟いた。
「説明くらいは聞いたことあるかもしれないが、魔法石は魔法に触れると決まった反応を返す石のことだ。
ここに埋め込まれている魔法石は〈回転〉の反応を返す。前の車輪とつながっていて、魔法を注いだら前輪が周り、列車全体を前に動かすんだ。
言いながらノアの手を引いて、魔法石が良く見える場所に移動させた。
「触れる魔法はなんでもよくて、例えばこいつは〈煙〉の魔法だけど、〈水〉でも〈木〉でも魔法さえ注げば動く」
そう言って車掌は今まさに列車を動かしている少年を指した。少年は我関せずといった様子で、黙って魔法を発動させている。
「魔法石は高価だから、どこでも易々と見れるものでもないけどな。これだって売れば家が立つくらいの値がつく。
けど、誰でも同じように扱えるから、列車みたいなインフラ設備には、多く使われているんだ」
自分の仕事に誇りを持っている車掌は、その後も車内の装置の説明を次々にしていった。
ノアはその一つ一つに爛々と目を輝かせながら学習していった。
突然、列車が速度を緩めた。
ノアが違和感に気づき、あたりを見回している間にも、スピードはどんどん遅くなり遂に止まってしまった。
「どうしたヴィル。大丈夫か?」
車掌は具合悪そうにかがみ込んだ少年に声をかけた。
「……すみません」
少年はそういうとまた魔法を発動させようとした。
しかしうまくいかない様子で、ふらつきを抑えることができず、手を魔法石に掲げても何も起こらなかった。
車掌は紙の束を取り出し、ペラペラとめくった。
「お前、何日連続で働いてんだよ。こんなに働いたら魔法安定しなくなるに決まってんじゃねぇか。
金がいるのはわかるけど、限界が来たら言えって言ったろ。ここまで動かしたら、休ませるわけにもいかないんだぞ」
「すみません、すぐに動かします。すみません」
そう言いながらも、依然列車を動かすことはできなそうだった。
虚な目で、起きているのが精一杯なのは側から見てもわかった。今にも倒れ込んでしまいそうだった。
客室車両がざわつき始めたのを感じた。




