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第43話 冒険

ノアはこの日、初めてランスがいない朝を迎えた。1人で起き、朝食を食べ、部屋を片付けた。

昨日はランスを起こしたことを思い出した。昨日はランスがジャムと蜂蜜を選ばせてくれたのを思い出した。昨日は食器を下げるだけでランスが誉めてくれたのを思い出した。


ノアは今まで学んだ感情群から、この状況を「寂しい」と算出した。

冷却液が目から溢れた。感情表現のために博士が考えたコミュニケーション機能の1つだが、受け取る相手がいないのに溢れた。

機能が目的を超越するほどには感情を学習していた。


ふとノアが目を上げると、王都周辺の地図が目に入った。

王都の西側に学校があり、王都の南の外れにこの家があった。一枚の紙に収まった位置関係を見ていると、それほど遠くないように感じた。


王都から出る魔法列車に乗って、終着駅まで乗ってしまえば歩ける距離まで学校が近づく。

実際その道を、ランスは毎日通学していた。


ノアはすっと立ち上がり、お金やクッキーの缶、金属部品、メンテナンス用工具、スマートフォンなど、目に入ったものを片っ端からカバンに詰め込んだ。

家の扉を開け、戸締りを確認してから乗合馬車の駅に向かった。


ランスがいない間、昼間は近場の散策をしていたので、馬車の駅までは迷わず着いた。

お金を払うと、王都の主要駅まで難なく来れた。


魔法列車の駅は小さな町の馬車駅の何倍も大きく、大勢の人が行き交っていた。

ノアは初めて見るものだらけの情景に気圧され、情報の処理が追いつかなかった。列車に乗らなければ、という信号だけが頭に響いていた。


頭に過負荷をかけたまま、会いた扉に乗り込んだ。

三等車の椅子に座り込み、少しでも処理を軽くするため目を閉じた。



「坊や、終着駅だよ。大丈夫かい?」


その声に起こされ、ノアはパッと駅のホームに降りた。

あたりをぐるりと見回すと、そこから入る視覚情報が全て想定と違っていた。

大きな地図を見つけたので近づくと、まだ学習したことのない地形が広がっていた。「王国領()市街地図」と書いてあった。


想定外に囲まれて、計算機の処理がまた追いつかなくなった。

それでも見渡せば見渡すほど、新しい情報が飛び込んできて、また負荷が上がった。


ノアは側から見たら泣いているように見えた。


脳のコンピュータが一定の温度を超えた時、外から高負荷状態がわかるように、主要部品を冷やした体温に達した冷却液は目から流れるようになっていた。

ランスが加えた機能だった。


「僕、大丈夫? 何か困っているの?」


涙を流すノアに近くの老夫婦が気付き、婦人が声をかけた。

ノアが自宅の近所で見る大人の女性とは違い、落ち着いた色のワンピースに帽子と手袋をはめていた。

唯一鮮やかな首元のスカーフが高級感のある光沢を放っていた。


「車掌さん、この子、間違えて反対の方向の列車に乗っちゃったみたい。

本当は国立魔法学校の方に行きたかったんですって。なんとかならないかしら」


ノアの説明を聞いた婦人は車掌に状況を説明した。


「あぁ……わかりづらいですよね。間違えてしまう人多いんです」


そう言って車掌はノアの手を引いて別の列車に案内し、そこにいた別の車掌に相談した。

その年配の車掌はノアを車内に招き入れ、一番後ろの端の席に座らせるとこう言った。


「いいか坊主、本当は駄目だが、こっそりこの列車に乗せてやる。

これに乗ってれば行きたいところに着くからな」


ノアはこくっと頷いた。

本来乗り間違えでこんな対応されるはずはないのだが、ノアに話しかけた婦人が偶然にも、魔法列車の運営会社の社長夫人だった。

しかしノアはまだそれに気づくほど、社会構造に精通していなかった。


「ただ、この列車は二等車しかなくて、座席指定の切符しか売っていない。

今はここに座ってていいけど、もし途中の駅で全部の席が埋まったら、ちょっと狭いけど機関室移動してもらうぞ」


そういうと、車掌はその場を去った。


ノアは情報の処理がやっと追いつき、窓の外の行き交う人々を眺める余裕が出てきた。

受け取った情報を整理・学習していると、いつの間にか座席の半分が埋まっていた。


「隣の席、大丈夫かしら」


ノアが振り向くと、大きなフードを被った女の人が覗き込むように立っていた。

ノアが頷くと静かに座り、手を膝に置き、列車が走り出すのを待った。


顔の半分以上は隠されていたが、ランスと同じくらいの年齢であることはなんとなくわかった。

紫がかった黒い長髪をフードの下に流し込み、宇宙のように深い瞳でじっとどこかを見つめていた。

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