第42話 違反
ランスは学長室を出た後、周りに人がいないことを確認し、スマートフォンを取り出した。
博士が亡くなってから実用するのはほとんど初めてだったが、電話をかけると問題なくノアが出た。
ランスは学校が1週間ほど閉鎖されることを簡潔に伝えた。一通り話を終え、ランスが通話を切った時だった。
「学長との話終わったん? どうだった?」
パッとランスが顔を上げると、サンとジオがほとんど隣まで来ていた。
講義が終わるやいなや教室を出ていったランスを見て、ユートリアの元に向かうと思い、様子を見に来たらしい。話に夢中で気が付かなかった。
廊下の奥から歩いてくる中で、ランスの一連の行動を把握したか定かではなかった。
サンは真っ直ぐランスの方を向いて無邪気に問いかけているが、ジオはランスの手元の黒く光沢する板を見つめているようにも見えた。
「……学校閉鎖中、どこに泊まるか話し合っただけだよ。特に何事もなかった」
ランスはスマートフォンを自然な動きでポケットにしまいながら、言及される前に返答した。
サンが先に声をかけてきたが、ここに来るのを提案したのはジオだろうと思った。
ユートリア相手に激論するとでも思ったのか、何事もなく退出しているランスを意外そうに眺めている。
ランスの言い聞かせるような物言いに、ジオは自分が驚愕を顔に出してしまっていたことに気づき、少し目を逸らした。
「そっか、ランス寮入ってないもんな。俺んとこ泊まる?」
サンは他2人の牽制に全く気付かず、純粋にランスの言葉を受けた。
「いや、いいよ。泊まれるところはあるみたいだ」
そう言いながら手元の資料をめくると、サンは興味深そうに覗き込んだ。
「なんか、本当に大ごとになっちゃったな。まぁ俺らは別に、普段からほぼ学校の敷地でないから生活変わらないけど。
てことでジオの部屋行こうぜ。学校内でも、できたら1人でいない方が良いってさ」
サンの提案にランスは乗り気ではなかったが、「どうせ暇だろ」という言葉に反論できず、2人について行った。
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学校が閉鎖された次の日、本来は休日で市街地に遊びに行く学生が多いはずだったが、この日は誰も学校の敷地を出られなかった。
ミオンは昨日まで解放されていた正門の鉄扉を見上げ、その重厚感に圧倒されていた。
「本当に閉まっちゃってる。これじゃ出られないね」
ミオンは隣にいた女子生徒に話しかけた。
シグリアというその少女は、同じ寮の隣の部屋に住んでいた。
すらっと長い長身で、一つに束ねた髪を高く結んでいる。どこか大人びた雰囲気を纏い、ミオンとは同級生だったが、並ぶと姉妹のようだった。
「……本当だね、困ったな」
ミオンは心配そうにシグリアを見上げた。
彼女もミオンと同様、学校の一般寮に住んでいたが、市街地では祖母が裁縫屋を営んでいるらしい。
だいぶ足が悪くなってきたから、様子見を兼ねて休日は定期的に買い物や掃除を手伝うのだと語っていた。
「学校閉鎖のことは市街地にも伝わっているとは思うけど、できれば一回会いたかったな」
そう言いながら鉄門を口惜しそうに眺めていた。
このような事態だからこそ、顔を見せて安心させたいという気持ちもあるのかもしれなかった。
「どうしたんですか?」
ミオンとシグリアが振り返ると、1人の教員が立っていた。
「あ、タール先生、ごめんなさい。
今日、外に出る用事があったので、出られないとはわかっていたんですが、確認しに来てしまいました。すぐ帰りますね」
シグリアがそういうと、タールは少し考え込んでいった。
「……出たいですか?」
「え」
タールは胸元から鍵の束を取り出して言った。
「大きな鉄門は開けると目立ちますが、学校の敷地を囲んでいる防壁には、いくつか出入りができる扉がついているのです」
「そんなところがあるんですか? 知らなかった」
シグリアが答えると、タールは続けた。
「目立たないように塗装されていたり、木々に隠れていたりするんです。
鍵がかかっていますが、私は開けることができるので、用事があれば出てしまって構いませんよ」
「でも、脅迫文が届いているんですよね? 危ないんじゃ……」
ミオンが恐る恐る口を出すと、教員は呆れたような口調で答えた。
「あんなもの、よくあることですよ。ユートリア学長が大袈裟に捉えているだけです。
本当は学外に出ても何も問題ないのに、このような形で閉じ込めてしまって申し訳ないくらいです。
私にはこれくらいしかできませんが、帰ってくる時間を教えてくれれば、また入れてあげますから」
ミオンは友人を止めるようと、服の裾をぎゅっと掴んだ。
シグリアはそれに気付きながらも、ミオンの手に自分の手を重ね、グッと握ってからまた力を緩ませ、自分の指に絡めてミオンの指をほぐした。
「……ごめん、やっぱり行きたい。すぐ帰ってくるから」
シグリアはそういうと、タールについて行こうとした。
「シグちゃん、私、ここで本読んで待ってるね」
ミオンはやはりまだ心配で、すぐに帰ってきて欲しくてそう言った。
「だめだよ、危ない。それに今日は雨が降りそうだ」
「じゃあ、あそこに座ってる」
ミオンはそう言いながら門にほど近いベンチを指差した。
校舎を繋ぐ渡り廊下の真下の部分にあり、ちょうど雨が凌そうだった。
シグリアはミオンに部屋に戻るよう促したが、ミオンは譲らなかった。
結局「わかった。すぐ帰るね」と言って後ろ手に手を振った。




