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第4話 担任

「本日から3年間、このクラスの担任をするゾフィです」


そう言ったのは丸眼鏡をかけ、白髪まじりの黒髪を後ろで縛った50歳ほどの女性だった。

体に余分な脂肪がなく、木の枝のような四肢をしていて、背筋をピンと伸ばすとさらに細く見えた。


薄い唇は真っ赤に塗られ異様に目立ち、切って貼ったような違和感があった。

その口角で操られた表情は笑っていてもなぜか不気味だった。


「これから皆さんには、この学校で3年間魔法について学んでいただきます。

立派な魔法使いになれるように、卒業までよろしくお願いしますね。


でも中には──」


ゾフィは教室を見渡し、ランスと目を合わせると言った。


「魔法の勉強が全く意味のない人が、このクラスにはいるみたいですけど」


そう言いながらニッと口角を上げ、口元の小皺を目立たせた。教室は少しざわついた。

あからさまなその態度に、ランスは担任からも明確な敵意を向けられていることを否応なく察した。


「先生! 誰のことですか?」


ハキハキとした声でノートンが口を開いた。さっきそそくさと退散したのが嘘のようだった。


「さぁ、誰でしょう」


ゾフィは悪徳商人のような笑みを見せた。



「ではまず、自己紹介から始めましょうか。みなさん自分の名前と魔法を紹介してください」


――――――――――――――――――――――――――――――


 ゾフィにとって、ランスは非常に邪魔だった。


この学校で20年ほど働き、教員たちの中ではベテランの部類だった。

だから他の教員よりも優秀な教師であると自負していた。


彼女にとってこの学校の試験や行事で、自分のクラスが優秀な成績を修めることは、他の教員に自分の能力を提示するためにも重要だった。


もちろん必ず彼女のクラスが最優秀賞に選ばれるわけがなかったが、勝った時は自分の手柄にし、負けた時は生徒のせいにすることによって、自分という存在の不可欠さを再認していた。


それなのに今年度、クラスに1人、筆記試験で何かをして、魔法がクズなのに自分の神聖なクラスに入り込んできた生徒がいるらしい。


筆記だけで合格点だったからって合格させるのは不当だと、イカサマをしたに決まっていると何度も学長に訴えたが、結局合格者名簿から除外されることはなかった。


自分の勤務期間より生きた年月の短い学長を心の中で見下していたゾフィは、この結果にひどく心を乱した。

しかしそれを表には出さず、学長が無理ならその生徒を自主退学するよう仕向けようと考えた。

学期末になれば単位の不足でどうせ退学になるだろうが、それを待ちたくもなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――


ゾフィが支配する教室の、一時間目が始まった。


「それぞれ、自分のファーストネームと、魔法を紹介してください。では端の席の……リディアさんからよろしいですか?」


「はい、リディアです。魔法は《藁》です。よろしくお願いします」


人間は、必ず、自分固有の魔法を持つ。魔法は人それぞれ違うが、とにかく魔法を持って生まれてくる。


有史以来、この法則からはみ出した者はいなかった。

後天的に魔法を失う方法はあるが、それで魔法を持たなくなっても、数日後には死んでしまう。

人間は魔法によって存在していると裏付けているかのように。


「ベルナールです。魔法は《霧》です」

「レミです。魔法は……」


こんな風にそれぞれが自己紹介をしていった。ランスの右隣、公爵家の息子の番がやってきた。


「ジオです。魔法は《鉄》です。よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします。ジオ君は今年の一年生の中で、トップの成績で入学したのですね。金の縁取りがよく似合ってますよ」


順番に進んでいた自己紹介を、初めてゾフィが(さえぎ)った。


「……はい。ありがとうございます」


ジオは突然褒められ、普通に困惑した。

校章を縁取る金色は、学年首席の証だった。


自己紹介は席を蛇行するような順番で行われたので、次はランスの番だった。

喋る前から教室が少しざわついていた。


「……ランスです。魔法はありません。」


「ふざけないでください?」


ゾフィが二度目に口を挟んだ。先程と違い攻撃的な口調で、教室には針を突き刺したような沈黙が流れた。


「魔法がない人間なんて、この世に存在しません。隠さないで発表してください」


ランスは後に言葉を続けることができなかった。グフッとノートンの笑い声が聞こえた。


その取り巻きからもクスクスと声が漏れている。その他の生徒の反応はさまざまで、ランスの発言に困惑する生徒や、何を隠しているのかと疑う生徒、自己紹介で無理に目立とうとしていると解釈し呆れる生徒もいた。


「あぁもう……いいです。次行きましょうか。時間がありません」


ゾフィはわざとらしく頭を抱え、大きなため息をついた。その後は順調に自己紹介が進み、1時間目が終わった。


2時間目の内容は魔力の測定だった。

1組の生徒で校庭に集まると、すでに測定器が用意されていた。水晶玉のようなものの前に、魔法陣が描かれている。


「これは魔力測定器です。受験の時にも使いましたね。

今更かもしれませんが、一応使い方をおさらいしておきましょう」


そう言うとゾフィは測定器の前に立った。コンコンと水晶玉を叩くと、内側がほのかに青く光り出す。

ナイフを取り出し、自分の指を少し切った。血が魔法陣に(したた)ると、赤い染みが吸い込まれるように消えてしまった。


水晶玉の輝きは増し、内部に数字が現れた。5419と浮き出ていた。

生徒から感嘆の声が漏れる。ゾフィが小気味良さそうに言葉を続けた。


「魔力は成人の平均が1000だと言われています。しかしここにいる皆さんは優秀なので、少なくとも現時点で3000はあると思います」


一人を除いて、と笑いながら、またランスを探して目を合わせた。

ランスは視線を下に向け、魔力についての情報を整理しながら受け流すことにした。


《魔力》の数値は単純に魔法の実力と捉えていいものらしかった。

魔法で出せる物質の量が増えたら上がり、コントロールの精度が高まれば上がり、あらゆる側面で魔法が研鑽されることによって強くなっていくと言われている。


言ってみれば熟練度を測定しているのだろうが、魔法が使えないランスは他人の表現を借りて理解するしかなく、どうにもわかりづらかった。

とにかく、この魔力測定器で吐き出された数字が高ければ高いほど強いんだろう。そう考える間にもゾフィは話を続けており、ランスは一応、時折(ときおり)耳を傾けた。


「この学校で真面目に学べば、卒業までに大体この値が1000ほど上昇します。魔力を4000以上にすることが、この学校の卒業資格の1つです。


魔力の上げ方や、上がる早さは人それぞれ異なります。

これから改めて自分の魔法と向き合い、自身の魔力向上に向けての目標ややり方を掴んでいきましょう。


では最初に魔法測定をしたい人、いますか?」


はい! と元気よく手を上げたのはノートンだった。

ツカツカと測定器の前に立ち、自分の血を滴らせると、3452という結果が出た。


「さすがですね、ノートン様、現時点で3500近いなんて」


「そうですね、すぐにでも4000いってしまうのではないですか?」


「あーそうなんだ、ふーん3500、今日ちょっと本調子じゃないんだけどな」


魔力の測定は調子の良し悪しに関係なく、常に一定の値を出すのだが、ノートンは勉強が得意でないようで、ランスよりも仕組みを把握していなかった。

しかしこの値がそこそこ高いのは事実のようで、その後の生徒は大体3000〜3200あたりの魔力を算出した。


「では次、ジオ君行きましょうか」


にっこりと笑ったゾフィに呼ばれ、ジオが測定器の前に立った。みんなと同じ手順で値を出したが、異常なざわめきに包まれた。


「5397……⁉︎」


すでに卒業基準なんかは優に超え、担任のゾフィにも迫る値。

それは先程のノートンも、その後に測定した少し高い魔力の生徒も完全にかすませてしまった。


ゾフィは磨かなくても勝手に輝くこの原石にいたく喜び、ニヤニヤとした顔を隠せていなかった。


幸いなことにこのクラスは学年1位と2位が揃っている。

クラス分けは魔力だけではなく、魔法の種類も加味されるためそういうこともあり得るのだ。


ということはあの魔法試験0点男を追い出すことができたら、本格的に最高のクラスが誕生することが予見される。


「では最後、ランス君行きましょうか」


ニタァと笑ってゾフィがランスを名指しした。近くでノートンがこれから起こる惨事を予想してグフグフ笑っている。

2人とも、そして他の生徒も、ランスがどんなに低い数値を叩き出すかと、じっと測定を見守っていた。


ランスは手順通りに指を切った。他の生徒と違い、全くこの動作に慣れていなかったランスは思いの外深く指を切った。

一滴で十分な血がボタボタと垂れた。


「量を増やしても値は増えませんよ」


完全に馬鹿にするつもりでゾフィが言った。

しかしその後の展開が予想外で、笑っていた顔が一瞬で引きつった。


魔法陣がいくらランスの血を喰らっても、水晶玉が一向に反応しない。


ぼんやりとした青い輝きを維持したまま、何事もなかったかのようにそこに鎮座(ちんざ)している。

無理やり値を出すのなら、それこそ0としか言いようがなかった。


「え、壊れた?」

「急に?」


生徒たちの間からそのような声が溢れた。


しかしゾフィがランスを押し退けもう一度自分の血を滴らせると、先程と同じ数値を算出した。


あのノートンですら顔が強張っている。先程から散々言われた、魔法が使えないという言葉を初めて真に受けたようだった。


あまりにも長い沈黙が続いた後、ノートンはかつてないほど大口を開けて騒ぎ、笑い出した。


「まじ……まじで!? お前まじかよ。人として終わってるよ! 

待て、腹いてぇ、なんだこれ。生まれてきた意味ねぇだろ! なんでそんなことになるんだよ。なんで今まで生きて来れたんだ!?」


ノートンの声が一番大きかったが、他の生徒もそれぞれの感想を漏らしていた。

「まじで?」「信じられない」「何で」そんな言葉がちらちら耳に入った。


「先生、これはどういうことですか?」


真面目な生徒は質問した。

しかしゾフィも回答に困り、最も説得力のある説を口にした。


「魔法が使えない人間はいませんから…………使える魔法が……小数点以下………なのでしょうか。

あまりに低過ぎて、算出できていないのですかね?」


「そんなことあるんすかぁ?」


ノートンは笑い過ぎて目に涙を浮かべながら聞いた。


「前例はありませんが、それ以外考えられないでしょう」


ゾフィは自己紹介の時よりも機嫌が悪くなった。馬鹿にするどころの話ではない魔力値に苛立(いらだ)ちが勝っていた。

あの学長は、いや、クソガキは、こんな奴を入れて一体何がしたいのだろうか、なぜその面倒を私に押し付けたのかと、生徒そっちのけで考えていた。


校庭は未だ、軽蔑、驚嘆、同情といった思い思いの感情が溢れている。

そんなことを最初から予想できていたランスは、これからのことを考えると億劫(おっくう)で仕方なかった。


今すぐにでも学校から出て行きたかったが、博士の言葉を思い出すと、学校側から追い出されることはあっても、自分から学校を去るようなことはしたくなかった。

しかしどう考えても退学は時間の問題で、せめて意図だけでも教えてくれればと険しい顔で考えていた。

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