第39話 唐突
気持ちの良い昼下がり、王都西部の市街地の食堂は昼間から賑わっていた。
「なぁ、聞いたか。今年の国立魔法学校の新入生、全員魔力が3000以上あるらしいぞ?」
王都西部の1番の特徴は、なんと言っても国立魔法学校があることだ。
この市街地はその中でも学校が近く、休日に学生たちが遊びにきたり、課外活動の場所を提供してりしていて、住民にとっても馴染み深かった。
「本当か? とうとうその大台に乗ったか。
去年までは2000後半の合格者がまだ数人はいたのにな。ここ2〜3年で目に見えて学生の魔力が上がったよ」
「なんで急に上がってきたんだろうな? 少なくとも俺が生きてた20年くらいは、傾向ずっと変わらなかったんだが」
「なんでも、ロシュフォール家の王子がガンガン働きかけているみたいだぞ。
学校の宣伝したり、優秀な子供の噂を聞いたら自分から赴いてスカウトしたり。
それで、入学考えていなかった奴らも引き込んでいるとか」
そんなやり取りを1人で静かに背中で聞いている男がいた。
表情を見られるのを恐れているように、端の席でフードを目深に被っている。グッとフォークを握り締め、歯軋りをした。
「どいつもこいつも、無欲な馬鹿ばかりだ…………どうして自ら進んで飼い慣らされに行くんだか」
昼時の喧騒に打ち消され、その声を聞いた者はいなかった。
ランスはあくびを噛み殺しながら教室へ向かっていた。
昨日サンの寮に立ち寄ってから帰ったため、家に帰るのが遅れた。
その上でノアと接する時間を十分に確保したところ、結果的に睡眠時間をいくらか削ってしまった。
ノアはランスが学校に行っている間、言われた通りに本を読んだり街を散策したりして学習しているようで、日に日に人間味が増していった。
ランスが教えたことは何でもスラスラ飲み込み、新しい知識を吸収するたびに生成AIの性能が上がって、ランスもつい止め時がわからなくなる。
今朝はノアに起こされなかったら、寝過ごして登校を諦めたかもしれない。
魔法列車の駅から学校の正門までは、迷わず歩けば30分もかからない。
正門を通り、校舎へつながる並木通りを抜け、中庭を歩く。この辺りから、寮に泊まっている学生の流れに合流する。
「ランス君、おはよう」
ランスが振り返ると、一般寮から歩いてくるミオンがいた。
挨拶を返すと、ミオンは少し小走りしてランスの横を歩いた。
「昨日、サン君が音変えられるようにできたの、すごかったね。
ああいうふうに魔力が強くなるのも初めて見た。びっくりしちゃった」
ミオンはきらきらとした目で、溌剌とランスに言葉をかけた。
一晩経っても冷めやらぬ驚きをランスに真っ直ぐ伝えたくて仕方がないみたいだった。
ミオンはランスを褒めたつもりだったが、ランスの方はまるで他人事のように
「あぁ、すごかったな」
と同意した。
ミオンは自分の快挙にまるで無頓着なランスを見て、また驚かされたみたいだった。
「ランス君がいたから変えられたんだよ」とミオンが力説している間に教室に着いた。
ランスたちが扉を開けると、すでにジオもサンも着いていて、談笑していた。
教室の一番後ろの席に座るジオに向かって、その前の席からサン振り返って話しかけている。
ジオがランスたちに気づくとそちらに視線を動かし、それに気づいたサンは少し遅れて2人を見つけ、手を上にあげて手招きした。
「なぁ聞いて、俺、一発芸できた」
サンは開口一番そう言った。ランスはさほど興味もなかったが、あまりの唐突さに思わず
「じゃあ、見せてくれよ」
と反応した。
サンは自分の指先を喉元にそえると、スッと表情を変えたかと思うと口を開いた。
『そんなん言ったって、どうにもならないだろ』
ランスは思わず「え」と言葉を漏らした。
何も期待していたかったが、良い意味でそれは裏切られ、純粋な驚きを声に出していた。
「……ジオの声だ」
それも声真似なんてレベルではなく、声帯を丸ごと移植したかのようだった。
目を瞑って聞けば、誰もそれがサンの口から出た言葉だと信じられない程だった。
「似てね? これ、俺が模擬戦前に散々ごねてた時の、ジオの真似」
「どこ切り取ってんだよ」
サンの一発芸を事前に見せられていたジオは、比較的冷静に見届けていた。
「……魔法で声質調整してんのか。そんなこともできるんだな」
ランスが想像以上の〈音〉魔法の汎用性に驚いていると、
「なんか、やってみたらできた。声の違いも振動の違いなら変えれるわって思って」
と、サンはあっけらかんと言ってのけた。
ランスの後ろで、一緒に驚き感心していたミオンも思わず感嘆を声に表した。
「すごい、それ、私の声も出せるの?」
サンは頷いた。
「多分出せる。何て言ってほしい?」
「かえるぴょこぴょこみぽきょぴょこ」
全く言えてはなかったが、ミオンはきらきらと目を輝かせてサンの反応を待った。
サンはまた指先を喉に当てると、今度はミオンの声を複製した。声色も滑舌も完璧だった。
「すごい! 本当にすごいね、こんなこともできるんだね」
ミオンは自分1人のリアクションだけでは満足できないかのように、隣のランスに同意を求めた。
ランスは無難に肯定した。
しかしミオンの賞賛を受けたにも関わらず、サンは喜びもそこそこに、教室の扉に目をやって固まってしまった。
別の何かに気を取られている様子だった。
「……なぁ、なんか隣のクラスざわついてね?」
サンの言葉を聞いて、他の3人は静かに耳を澄ませてみた。
教室内に他の生徒の話し声が溢れていてわかりづらかったが、確かによく聞いてみると、隣の教室から異様なざわめきが聞こえるような気がした。
「……時間的には、隣のクラスでは授業始まってそうだな」
ジオが懐中時計を確認しながら言った。
いまだに新担任が見つかっていないこのクラスでは、代理教師の到着が数分遅れ、始業時刻に講義が始まらないことが多々あった。
「何か先生に言われたのかな」
ミオンはそう言ってまた耳を澄ませたが、特に何か聞こえる訳ではなかった。
そうこうしているうちに今日の代理の教員が入ってきたので、クラスの生徒は一斉に自席へと戻った。
少し落ち着かない様子の代理教師は、額の汗を拭きながら言った。
「えー、本日の講義開始前に、お知らせがあります。
昨日、この学校の生徒の殺害を仄めかす脅迫文が届きました。
いたずらの可能性が高いですが、皆さんの安全を第一に考えた学長のご判断で、
今日から1週間、生徒の皆さんには学校の敷地から出ることを禁止します。
この件に関する相談窓口は──」




