第24話 落とし前
「……でもさ、1つ引っかかるな」
ユートリアは本を片付けながら言った。
「決闘で技術を使ったり、僕にこれをくれたりしたわけだから、出し惜しみするつもりはないんでしょ?」
そう言いながらユートリアはあの日ランスに撃たれた銃弾を指先で転がしてみせた。
「魔法が使えない君が、わざわざ学校に来たんだから、少なからずこの力を認めさせたいんだと思ってた。
けど、今話してみるとそうは感じないんだよね。君はどうしてこの学校に入ったの?」
そんなの、いい加減俺だって知りたい。
そう言おうとしてランスは考え直した。決闘前夜、あの手紙で読んだ『1つ目の提案』を思い出していた。
──1つ目の案は、俺の名前を出すことだ。
──教員とか、生徒とかに言っても意味がない。あの学校の学長にいうんだ。
ランスは目の前の『学長』に初めて興味が湧いてきた。『コーサ・アレンダーク』を知っているかもしれなかった。
「……どうしたの?」
ユートリアは突如流れた心当たりのない沈黙に困惑し、声をかけた。
ランスはまた少し考え込んだが、ゆっくりと口を開いた。
「……なんでもない。俺がここにきた理由は、俺も知らないんだ」
考えた結果、ランスはまだ聞かないことにした。
博士は身を守る手段としてあの提案をしただけであって、積極的に学長と関わらせようとはしていなかった。
必要なら、すぐにやれと書いてあったはずだ。
まだユートリアに対して信頼もしていない。積極的に開示することはないと結論した。
「君も知らないって、どういうこと?」
「先代科学者に言われたんだよ。この学校に行けって」
「先代? じゃあその人は何で、君に入学して欲しかったの?」
「知らない。何も言わずに死んだ」
「あぁ、亡くなったんだ。御愁傷様です」
相手が死者だとわかるとユートリアも無作法に踏み込むわけにはいかなかった。
ランスの言葉に嘘があるようにも思えなかったので、一旦それ以上追求することはやめた。
「……でも、その人は随分信頼できる人だったんだね」
ユートリアは視線を少し下に向けながら、独りごとのように呟いた。ランスには唐突な言葉に聞こえ、思わず尋ねた。
「何で?」
「だって、魔法が使えない君が、理由もわからないままにこの学校来るくらいなんだから。僕なら絶対いやだよ」
ランスはそう言われ、まあそうだなと同意した。
「……もう帰っていいか? こんなに居る予定じゃなかった」
そう言ってランスは扉を指した。
ユートリアはもう少し話したがり、紅茶とマドレーヌで引き留めようとした。あまりにしつこかったので、ランスをジオを指して言った。
「家がここから遠いんだ。こいつに教えたくらいだから、知ってるだろ」
しかしそれで動揺したのは、流れ弾が飛んだジオだけだった。ユートリアは何も気にすることなく会話を続けた。
「そうだ、ランス君も寮に入ればいいのに。通学に何時間もかけてないでさ。
一般寮は一応個室だよ。でもその他に色々な形態の寮があって、自分に合う寮選べるよ。
有料だけど広い貴族用の寮とかもあるよ。君が入りたいなら無料で入ってもいいよ。
あと、この学校結構敷地広くて、余っている土地もあるから、新しく建ててもいいよ」
畳み掛けるような譲歩に、ランスはむしろ君が悪かった
「いや、入らねえよ」
「なんでそんなに入りたくないのさ」
通学に長い時間を費やして、頑なに寮に入らないランスを理解できず、ユートリアは聞いた。
「……弟がいるんだよな。ランスは」
それまで静かに聞いていたジオが、ランスの代わりに口を開いた。
ランスは一瞬戸惑ったが、そういえばそういうことにしているんだったと思い出した。
「弟? 何でジオ君知っているの?」
「……昨日会ったので」
「あ、そっか」
ユートリアはポンと手のひらを叩いた。
「弟くんがいたんだ。でも、じゃあその子も一緒に住んじゃえば?」
「部外者住まわせていいのかよ」
「いいよ別に、家族で住んでいる人、他にもいるし」
「……けど、環境変わるのも嫌だろうから、このままでいい」
別にノアがいることが入寮を断る理由でもなかったが、この言い訳は都合が良いので乗ることにした。
本当はあの家の研究室がないと、研究がままならないからだった。
「んーそっか、残念。気が変わったら言ってね」
ユートリアがやっと諦め、話に切りがついたのでランスは扉に手を伸ばした。
ジオもそれについて行くように振り返り、ランスが扉を開けるのを待った。
「あぁそうだ、ジオ君」
最後にユートリアは思い出したように声をかけた。
「はい?」
帰りかけていたジオは、また振り返って顔を向けた。
「ぶん殴らないの?」
「え」
ユートリアが何を言っているのか、ジオは最初うまく飲み込めなかった。
しかし時間が経つにつれその言葉の意味を理解し、青ざめていった。
ユートリアはそんなジオに駄目押すように補足した。
「ランス君が決闘に勝ったんだから、君は僕をぶん殴らないと」
ジオは決闘の誓いを反故にするつもりは全くなかったが、なぜか今の今まで綺麗に頭から抜けていた。
そんなジオを揶揄うようにユートリアは歩み寄り、目の前に立っていった。
「ほらどうぞ」
「えぇっと…………」
ジオはユートリアを前にしても拳を握ろうとしなかった。決闘の重要性は承知していたが、それでもどうにかならないかと、すがるようにランスを見た。
「いや、あの……ランスは、まだその……決闘の要求にこだわるか?」
「え? いや別に。正直どうでもいい」
ランス自身は、そういえばそんなこと言ってたなと、他人事のように感じていた。
帰ろうと扉にかけた手を止める素振りすらなく、一人で帰ろうとしていた。
「ダメだよ。決闘で誓われたことは絶対守らないと。決闘の権威に関わるよ。ランス君もちゃんと見届けてから帰ってよ」
そう言ってユートリアはランスの腕を掴んだ。
「なんでだよ。俺関係ないだろ」
「関係しかないでしょ」
ユートリアは思わず素で突っ込んだ。
「めんどくせぇな。じゃあもう、とっととぶん殴れよ」
「ええ……」
ランスのこだわりのなさが、かえってジオを困らせた。殴るまで許さないと言ってくれた方が、まだ覚悟が決まった気がする。
「いや、でも……本当にこれは……」
「ほら、仕方ないよ。負けちゃったんだし」
ユートリアはユートリアで、なぜかずっとニコニコ待ち構えていた。むしろ楽しそうだった。
何がそんなに愉快なのか、ジオは皆目理解できなかった。
「早くしろよ。俺帰りたいんだけど」
「ほら、ランス君も帰りたいってさ」
「ええ……」
その後、ジオは20分御涅た。




