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第23話 反応

ユートリアに案内され、ランスは渋々着いていった。

ノアが家で待っているので一刻も早く帰りたかったが、すんなり帰れそうな雰囲気ではなくなってしまった。


ジオは自分の立場をわきまえて何度か帰ろうとしたが、なぜかその度にユートリアに呼び止められた。


階段を上がり、長い廊下に沿って歩き、3人はユートリアの学長室に着いた。

部屋に入ると革張りのソファが向かい合うように置かれ、その間に木製の座机があった。

その奥には大きな両袖机が部屋を見回せるように置いてあり、そこがユートリアの定位置であるらしい。

重厚な敷物が敷かれ、所々に趣味の良い装飾品が並び、来客をいつでも歓迎する雰囲気だ。


しかしユートリアはそのソファも自席も通り過ぎて、さらにその奥の扉に向かった。


「こっち」


そう言いながらユートリアは、上着から鍵を取り出して差し込んだ。

ジオは数回学長室に入ったことがあったが、奥に扉があることに今まで気づいていなかった。それほど目立たない扉だった。壁と同じ色で同化していた。


その扉の奥には先の部屋と同じくらいの部屋がもう一つあった。

左の壁は一面の本棚になっていて、右側には少し背の低いキャビネットが並び、真ん中に丸いテーブルと小さな椅子が1脚置かれていた。


手前の部屋と違い、必要最低限の装飾しかなく、主にユートリア1人が使うための部屋で、あまり人を入れていないらしい。


ユートリアは本棚から分厚い冊子を取り出した。


「椅子足りてなくて悪いね。持ってこようか?」


そう言いながら彼はその場でしゃがみ込み、膝に冊子を置いてページをパラパラとめくった。


「……別に良い、そこまで長居するつもりはないし」


言いながらランスは持っていた鞄を肩に掛け直した。

ジオも扉の前に立ったままでいて、何となく本棚の背表紙をじっと眺めていた。

俗な本は一冊もなく、多くが学校や国家に関連した法規集や歴史書や資料集で、国家機密でも置いてありそうでヒヤヒヤした。


「僕はあまり詳しいわけじゃないんだけどね」


そう前置きをしてユートリアは続けた。


「一般的な科学の理解といえば、魔法を無いものとして考える思想だと思ってる。

魔法を否定して世界を捉え直そうとするから、水と氷は一緒だとか、世界は数でできているだとか、反物質に媒体を入れて、赤化と黒化と白化を経て、金を作るだとか、ずいぶん突飛な考え方に着地する」


「……合っていたり、いなかったりするな…………」


心当たりがあるようで無いような科学像にランスはなんて言えば良いかわからなかった。


「魔法を無いものとして考えるっていうのはあってるよ」


「そうなんだ」


それを聞いてユートリアは手に持っている『事件記録』の中でとあるページを見つけ出し、少しの間考え込んでいた。慎重に言葉を選んでいるようだった。


「……5年前、魔法祭記念式典中に集団を目掛けて岩石が落とされた。その犯人は、自分を『科学者』と名乗った。」


ユートリアの言葉を、ランスは黙って聞いていた。

それは実際にあった事件であり、またその他にも自称「科学者」の犯した犯罪は多々あった。


この魔法を中心に回っている世界でも、狂信的に魔法を否定する異端者はいる。

人と魔法が切っても切り離せない関係であるからこそ、何か酷い事件に巻き込まれ人を恨むとき、短絡的に魔法も恨んでしまのだ。


そんな彼らの中には、科学を「人間と魔法への背反思想」だと勘違いし、自ら自称する者もいる。

そのせいでただでさえ魔法世界と相性の悪い科学が、さらに嫌厭(けんえん)されることになった。


「こういった事件があったから、科学は危険思想だと考えられている。科学自体を禁止したり、科学者を自称する人を裁いている国もある」


「そうらしいな」


ユートリアは伏せていた顔を上げ、パタンと本を閉じた。ランスと視線を合わせ、しばらく黙っていた。不意にゆっくり口を開いた。


「君は科学者なの?」


ユートリアは試すようにランスを見上げた。

ランスはその時、なんとなく、自分もユートリアを試してみようと考えた。


「そうだよ」


迷いなく、キッパリとした物言いに驚き、ジオは驚いてランスの方を向いた。

その顔があまりに冷静で平然としていたので、今度は恐る恐るユートリアの方を見た。


ユートリアの表情からは、しばらく何も読み取れなかった。親しい人なら、彼の無表情には意図があることを知っていた。

それでもランスはずっと黙っていた。


不意にユートリアに表情が戻った。今まで通りの柔らかい笑顔だった。


「……だとしたら、本当にすごいよ」


ユートリアはヅカヅカとランスに近づくと、ランスの手を両手で勢い良く掴んだ。あまりの勢いにランスは少し後ろに身を引いた。


「危険思想だと思われていたものが、魔法も凌ぐ力になるなんて。大快挙だ。地動説以来の大発見かもしれないよ」


キラキラと目を輝かせている子供みたいな学長が、さっきまで目の前にいた尋問官と同一人物には思えず、ランスは困惑した。


「ねぇ、科学って、僕にも理解できるのかな?」


「待ってください、ユリア様、科学を学ぶつもりですか?」


それまで黙って聞いていたジオがつい口を挟んだ。


「なんでそんなこと言うのさ」


「いや、俺が口を出すことでもありませんが、魔法学校の学長が科学学んでたら、さすがに外聞悪いですよ」


「別にいいじゃん。有用なものは有用なんだからさ」


ユートリアが当然のように当然のことを言うので、ジオはもう何も言えなかった。


「ねぇ、どうだろう。僕に科学を教えてくれないかな」


混乱から帰ってきたランスがやっと口を開いた。


「……嫌だよ」


ユートリアは不服を顔に出して言った。


「なんで?」


面倒(めんど)い」


ランスがユートリア相手に躊躇いなく我を出すので、今日だけでジオは何度も度肝を抜かれた。

ユートリアは純粋に残念がっていたが、意外にもすぐに納得した。


「……確かに、今のところ君にメリットないか。まぁ、焦る必要もないし、おいおいね」


おいおいってなんだよ、とランスは心の中で思ったが、声に出しはしなかった。

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