第20話 試運転
ランスは非常に驚いて立ち尽くした。
夜通し作業を続けたために頭もだいぶ疲れていて、うまく状況を飲み込めずにいた。
目の前にいたのは、昨日決闘で身体を吹っ飛ばしたジオだった。
身体が治っているのは良かったが、なぜここにいるのか全く理解できなかった。
第一、家を教えていない。
「……なんでこの場所知ってんだ?」
ジオはジオで話したいことを整理していたが、ランスに質問を投げかけられ、取り急ぎそれに答えることにした。
「……ユリア様に聞いた」
ランスはなんとなくそんな気はしていた。あからさまに顔を顰めた。
何でもありのあの学長は、学生の個人情報を漏らすのもお手のものみたいだ。ランスは声に出さずとも心の中で悪態をついた。
ジオは相手のそんな心象を感じ取り、
「俺が無理言って聞いたんだ」
と補足したが、かといって何かを弁解できたわけではなかった。
ランスはジオがわざわざこんなところまで来た理由を推察しようとしていた。
復讐だろうか、それとも結果が受け入れられず、再決闘の申し入れをしにきたのだろうか。
いずれにしても何かの拍子に今ここで魔法を使われていては、今のランスには部が悪い。
武器を何も持っていなかった。拳銃くらい常に胸元に入れておけば良かったと後悔した。
できることといえば相手の挙動に警戒することだけだったので、何も言わずじっとジオを見据えていた。
「……謝りに来たんだ」
「え」
想定外の言葉を聞いてランスは思わず聞き返した。
ジオは同じことを繰り返す代わりに、ガバッと頭を下げて言った。
「……悪かった」
当惑し言葉を失うランスを前に、ジオはポツポツと言葉を繋げた。
「……勝手に実力疑って、強いるみたいな状況で決闘なんて申し込んで。
あんなことするべきじゃ無いってわかってはいたんだけど、流されて、何の権利もないのに追い出そうとした……本当にごめん」
そう言って頭を下げ続けるジオに、ランスは何て言えば良いのかわからなかった。
恨まれこそすれ、謝られるとはかけらも思っておらず、適切な返答を何も用意していなかった。
そもそもあの決闘の流れは仕組まれた舞台の一幕のようなもので、流されたといえば、こっちも似たようなものだ。
「いや、良いよ別に……。どのみちお前に決闘申し込まれなくても、他の誰かとやってただろうし……」
適切な言葉が思いつかず、ランスは当たり障りない返答を探した。
こんなにあっさりと許されるとは思っていなかったのか、ジオは驚いて頭を上げ、ランスと目を合わせた。
本当にそれ以外何も要件がなかったようで、お互い特にもう話すことがなく、少しの間沈黙が流れた。
「……弟?」
先に沈黙を破ったのはジオだった。
視線はランスよりも後方に映っており、そこには一人の少年が立っていた。
9歳か10歳くらいの背格好で、ジオに見つかってランスの後方に隠れた。
ランスの上着をギュッと握りながら片目で下から覗き込むようにジオを見つめた。
その動作はあまりに人間らしく、彼がランスの作り上げた人型機械だとは夢にも思わなかった。
ランスは博士に導かれた後、一晩かけて魔法と科学を組み合わせて人間のように動く人形を作り上げた。
まず最初に博士の魔法を利用できるように調整し、素材の加工に先手を打つ。
それが終わるとランスの思考とほぼ同じ速度で改良が施され、つい先ほど、人間と遜色ない人形が出来上がった。
外の世界の膨大な情報を取り込むデータは用意ができなかったので、センサを通して人工知能で学習していくよう設計した。
限りなくUIを人間に近づけた生成AIとして作った。
簡単な会話もできるが、初めのうちは知識も思考も未発達な状態のため、辻褄を合わせるために9歳くらいの子どもの見た目にした。
博士はこの人形を、ランスの研究助手にするために構想していたが、子供の見た目で助手と名乗らせるのも外聞が悪いように感じた。
「……うん、弟」
その人形はジオが来る直前、色々な最終設定を終えて更新・再起動をかけたところだった。
話しているうちに起動が完了し、様子を見に来てしまったらしい。
まだ動作確認をしていないので、ランスは内心焦っていた。
ジオは小さな子供への接し方には慣れているようで、少し屈み、目線を合わせて話しかけた。
「初めまして、ランスと同じ学校のジオだ。名前は?」
「……ノア」
人形は自分の名前を名乗った。
博士がつけた名前らしく、ランスが何もしなくてもこの名前がプログラミングされていた。
「ノアか。良い名前だな。魔法は?」
そう聞いた直後ジオは、人間が魔法が使えることを前提としているのに気づいて思わずハッとした。
よりによってランスの弟に向かって。
ノアは少し考え込んでから、ジオの足元の石ころを指差した。ジオがその石に目を移した途端、ふわっと中に浮いた。
「〈浮遊〉か、良い魔法だな」
ジオは安心したように柔らかく笑った。
ジオはそのあとも年齢や好きな遊びなど質問を2つ3つ重ねた。
ノアは答えられる質問には1語2語返事をし、わからなければ少しだけ首を傾げた。
ランスは一連のやり取りを見て、ノアの動作を確認していた。
ジオの質問はどれも簡潔でわかりやすく、発声も聞き取りやすかったため、多少荒削りな設計はあったがうまくやり取りできている。。
「……じゃあ俺、そろそろ帰る。急に悪かったな。また学校で」
そう言ってジオは立ち上がった。
子供と話して落ち着いたのか、来た時の険しさはもう表情から消えていた。
ランスは「あぁ、また」と簡単に返事をした。
ジオはもう一度視線をノアに向け、低い位置で手を振って別れようとした。
立ち去る直前、思い出したように手元の籠をランスに差し出した。
「あ、そうだ。これ、忘れるところだった」
「? 何これ」
「菓子折」
「…………菓子折?」
ランスの困惑をよそに、ジオはさも当然のように受け渡した。
ランスが流れのままにそれを受け取ると、ジオは立ち去った。
籠の蓋を開けると繊細な刺繍の綿布がかけられており、それをめくると工芸品のように美しい菓子入れが入っていた。
中には焼き菓子が入っていて、少し蓋を開けただけで芳醇なバターの香りが溢れた。
こういったものに詳しくないランスでも、随分と高級なものだとわかった。
こんなものを受け取るつもりはなかったが、ランスが顔を上げるともうジオは見えなくなっていた。
仕方がないのでランスはノアと共に家に戻り、ノアの摂食機能を確かめることにした。




