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第2話 手紙

博士の意図を汲み取れず、合格通知を持て余し、気がつけば入学式の日付は明日になっていた。


行くべきかどうか、ランスはまだ迷っていた。本心は当然行きたくない。居場所があるとも思えない。

そもそも魔法が使えないのに、魔法学校に行く馬鹿がどこにいるだろうか。


博士の「個人的な事情」は結局教えられなかった。

それが分からない以上、どう考えても行かない方が賢明なのに、あの日見た博士の真剣な目が脳裏に張り付き、ランスを未だ迷わせていた。


博士が個人的な要望を押し付けたことは今までなかった。

それなのにどうして、最後の最後にあんなことを言ったのだろうか。


思わずため息を漏らすと、後ろでカタッと音がした。ポストに何かが入った音だ。

しかしこの家に手紙や新聞を届ける者はほとんどいない。合格通知書は届いているし、心当たりがまるでない。


リスが巣穴と間違えて、木の実を放り込んだのかもしれないと思った。

じっとしていても落ち着かなかったため、スッと立ち上がってポストを開いた。


すると、予想に反してポストは役割を全うしていた。

一通の手紙がランスを待ち受けており、手紙を裏返すと、そこには博士のサインが書いてあった。


死んだはずの博士から、どうして手紙が届くのか。

頭では困惑しながらも、急いでペーパーナイフを引っ張り出し、慎重な手つきで手紙を開けた。中には一枚の便箋だけが入っていた。


開くのがなぜか怖かった。しかしすぐに覚悟を決め、脈打つ心臓の勢いに任せて折り畳まれた紙を広げた。


『ランスへ


セミの抜け殻って素揚げにすると美味いって聞いて、やったことあるんだけど、そうでもな』


ビリッという音とともに、気がつけば手紙の上部数センチが破り取られていた。


故人の形見になるかもしれないのに、あまりに生前の空気の読めなさが手紙からも感じられ耐えられなかった。


この人はこういう人なのだ。

常に明るいことは長所ではあったが、自分のせいで苦悩している人間にかける最初の言葉を間違えるような、無配慮の塊みたいな人だった。


ランスはなんとか心を落ち着かせ、いらない部分を読み飛ばしながら手紙の続きに目を通した。


『この手紙を読んでいると言うことは俺はもう死んでいるんだと思う』


「そのつもりで書いてて、書き出しがあれかよ」


ランスは思わずもう届かない悪態(あくたい)()いた。

なんとか読み進めると、この手紙は生前に出され、入学式の前日に届くように手配されていたものだとわかった。


『俺の予想だとお前はちゃんと、入学試験に受かっていると思うんだ。


予想が外れていたら申し訳ないけど、その前提でこの後の文は続く。

落ちてたらまじですまん。気を取り直してくれ。きっと良いことあるから』


「うるせえな。勝手なこと言いやがって」


思わずまた生者に対面しているようにはっきり文句を口に出した。もう故人かどうかどうでも良くなっていた。


『ランスがやっぱり気になるのは、どうして俺が魔法学校に入れたがったのかだと思う。


その理由は


悪いけどまだ、教えることができないんだ」


この一文で、ランスはまた失望させられた。この後に及んで、どうしてまだ隠されるのか理解に苦しんだ。

当然協力する気はほとんど失せた。しかしそこで募らせた苛立(いらだ)ちは、次の文章を読むと困惑に変わった。


『隠すようで本当に申し訳ない。段階があるんだ。慌てると、色々と弊害(へいがい)が出るかもしれないんだ。


簡単に言えば、すごく身勝手で打算的で最悪なんだが、俺が昔やらかしたことにまだ採算がついていなくて、

ランスに代わりにやって欲しいことがあるってだけなんだ』


なんだか博士らしくないやり方だとランスは感じた。

そうすることしかできないのだとしたら、本当に重要なことなのだと嫌でもわかってしまう。


『それで、この手紙で伝えたいのは一つ。


今後俺は俺の目的を達成するために、ランスに何通か手紙を残した。

でもそれらは、ランスが魔法学校に通っていることを前提に書かれている。


もし魔法学校に通わないことにした場合、これから届く手紙は全て、中身は全く読まないで、燃やして捨ててしまってくれ。


身勝手なことを言っているのはわかっている。死後にできる謝罪があれば、どんなことだってする。

墓石を掘り返して遺骨を犬の口慰みに与えてしまっても構わない。だから、この頼みだけは、どうか真っ直ぐ受け入れてほしい。


――色々書いたくせに、大事なことは何も書いていなくて悪かった。

最終的にはランスが自分の意思を尊重してくれ。


何も分からなくてごめんな。以上』


10年ほど一緒に暮らしていたランスには、こうしたあまりに無茶なことを博士が頼むということ自体に、それ相応の事情があることを否が応でも窺えてしまう。

しかしそれでも、ここまで何もわからない状態で入学するなんてリスクが大きすぎる。


「それに、俺が博士の期待に応えられるとも限らないし……」


最後まで読み終えると、ランスは思わず言葉をこぼした。


なにせ本当に魔法が使えない。普通に授業で単位を落として退学になるに決まっている。

そしてそれは、博士だって絶対予想できているはずなのに。


博士の意図が分からない。しかし考えれば考えるほど、考えても仕方がないことが分かった。


ランスは学校に行くことに決めた。最速退学記録を樹立する気しかしないが、これくらいの面倒を背負い込むほどには、一応博士に恩があった。


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