第19話 訪問
決闘の夜、ジオ・トラスタジアは、公爵家に帰ってきていた。
同級生に決闘を申し込み、惨敗したと白状しにきたのだ。
父親は絶句し、なぜか決まりが悪そうに目を逸らした。母親は一瞬口元を手で覆って驚いた後、お父さんに似たのね、と微笑みながら言った。
翌日は決闘後の権利として休暇が与えられていた。
この日休んだ講義は欠席扱いにならないし、希望すれば自分のためだけに改めて講義が開かれる。ジオは心置きなく休んだ。
朝日が差し込む長い廊下を歩く間、時折貫かれた腹部や吹き飛ばされた四肢にわざと力を入れてみた。
今は痛みもなく、怪我の痕跡も残っていない身体を動かしていると、自分が昨日死線を彷徨っていたと聞かされたのが嘘みたいだった。
考え事に気を取られていて、後ろから近づくバタバタとした足音に気付くのが遅れた。
その音がかなり近づき、やっと気づいて振り向くか振り向かないかのうちに、2人の弟妹が勢いよくジオに飛びかかった。
「ジオお兄ちゃん!! 帰ってきてたなら言ってよ!」
ジオが弟妹を何とか受け止めると、2人は競うようにジオの腕に顔を埋めた。
昨日は帰ってきた時間が遅く、2人に声をかけることもできなかった。
「あぁごめん、ルナ、マルク。昨日会えなかったな。2週間ぶりか、元気だったか?」
「元気だった!」「僕も!」
弟妹はお互いに被せて声を掛け合った。
「お兄ちゃん、すぐ帰っちゃうの?」
ルナはそう言ってジオの腕をギュッと掴んだ。
今日の夜には帰るという返事を聞き、2人とも不服そうに声を上げた。
「ジオお兄ちゃん、そんなにすぐ帰っちゃうの? もっといてよ」
「そうだよ。せっかく帰ってきたのに」
ジオは二人を嗜めるのに苦労した。話をそらすために上の弟のことを聞いた。
「そういえばレグは? もう学校行ったのか?」
「うん、レグ兄ちゃんはもう12歳だから、学校始まるの早くなったの」
「そっか、ルナとマルクはいつ家出るんだ?」
「……もうでなきゃ!」
そう言って今年8歳になった双子の姉弟は自分たちが登校用の鞄を背負っているのを思い出した。
開け放たれた窓から下を見ると、もうすでに学校へ向かう馬車が準備できていた。
「お兄ちゃん、今日は何時に出るの? 晩御飯は一緒に食べる?」
窓枠から身を乗り出しながらも、妹が名残惜しそうにジオに尋ねた。
「夕食はいるよ。そのあと1時間くらいはゆっくりできる」
「じゃあ一緒に遊ぼう! 約束だよ」
「ルナずるい、僕も! 勉強見て欲しいのに」
また競うように声をあげ、窓枠から離れようとしない弟妹に、ジオは優しく微笑みながら答えた。
「そうだな、遊ぼう。勉強も見るよ。だから今は学校行ってきな」
二人はそれを聞くと安心したようにニコッと笑って、窓枠から身を乗り出し、3階の高さから飛び降りた。
と同時に彼らの腕は輝くような白翼に変わり、風を掴んで宙に浮いた。
柔らかい羽がジオの頬に触れたが、手から離れた魔法の羽は瞬く間に消えてしまった。
二人は真下に止めてあった馬車の目の前にふわっと降り立ち、そのままその馬車に乗り込んで行った。
弟妹を見届けてから、ジオも出かける準備をした。
数時間馬車に揺られ、ジオは王都からずっと離れた街に着いた。
公爵家の馬車を降り、公共の乗合馬車に乗り換えた。
普段よりも質素な服に身を包み、後ろの席に座ったジオは、乗合馬車の同乗者たちの束の間の談話にも参加せずにじっと窓の外を見ていた。
都市からだいぶ離れた郊外の町に着いた。
町の広場ではまばらに人が行き来し、家の前を通ると子供のはしゃぐ声が漏れていた。
しかしさらにそこから歩くと、閑散とし、人気が全くない家々が連なる通りに出た。
そこにある家は、玄関には砂塵が積もり、庭や花壇は雑草すらも枯れていて、
ここら一体が空き家になってからだいぶ長いことが伺えた。
ジオはそのうちの一つの家の前で立ち止まり、意を決したようにノックをした。
しかし何も返事がなく、しばらく待ってから改めてノックしたが、またしても何も返ってこなかった。
ジオは自分が、柄にもなく、無計画な行動に走ったと我に帰り、帰ろうと後ろを振り返った。
一歩足を踏み出したところで、扉が開く音がした。
ジオが慌ててまた振り向くと、ドアに手をかけたまま言葉を失って驚くランスがいた。
ちょうど帰る決心を固めたところだったので、不意を突かれしばらく何も言わず見つめ返していた。




