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第16話 幕開

「危険です……。一刻も早く、彼は王宮施設に隔離するべきです」


あの決闘の後、早速ユートリアと学校の教職員が集まって会議を開いていた。

議題はもちろんランスについて、話し合いの場が設けられた。


「そういうことが聞きたいんじゃなくってさ、彼がやったあれがなんなのか、みんなの意見を聞いてみたいんだよ」


「魔法の使用は見られなかったのですか?」


「うん、使ってなかったよ。それに再三言ってるけど、魔法を使っていたからってあれは説明できないよ」


それを聞いて全ての役員が黙り込んでしまった。

一瞬にして人間の腹部を貫き、離れた位置から身体の内側を攻撃し、最後には爆音と共に木っ端微塵にする。


確かに魔法でそんなことはできない。しかし魔法を使わずにやったなんて、それこそ到底信じられなかった。


「じゃあいったい、何がどうなって……」


予想外にあてられ、大人たちはみんな焦燥していた。ユートリアだけが、少しだけ目の奥を輝かせながら手元の鉛玉を指先で転がした。


ずっと成り行きを見守っていた若い教員がおもむろに言った。


「……自分が使える魔法の力を使ったのではなくて、自然の力を使ったのではないでしょうか?」


会議室の後方の急遽追加された席で、呟くように言った。

遠くにいるユートリアに声を届かせるため、会議室が静まり返るのを待っていたかのようだった。


「どういうこと?」

すかさずユートリアは聞き返した。


「魔法現象学の考えでは、自然には魔法の力が充満していると考えられています。

だから人間が魔法を使っていないタイミングでも変化が起こるわけです。


例えば、水を寒いところに持って行くと氷ができます。

この場合、〈水〉と〈寒い場所〉っていうのが条件になって、〈氷〉の魔法が発現しているわけです。


同じように、物が高温に達すると〈炎〉の魔法が発現します」


「つまりランス君は、鉛玉を高速で飛ばすような魔法の発動条件を見出したってこと?」


そう言いながら魔法現象学の教員はユートリアの指の間の鉛玉を指差した。

ひしゃげた皺に光がキラキラと反射している。


「そんなことあり得ません。ユートリア様」


若い教員の進言に口を挟んだのは、魔法現象学の教授だった。

ゆったりとしたソファに重い腰を沈み込ませている。

 

「そんな条件見つかっていません。

もちろん世界は広いですから、突発的に偶発的に幾つもの条件が重なれば、近しい現象は起こるやもしれませんが、それは雲が天使の形になるように珍しいことでしょう。


狙って発現させられるわけありません」


教授は自分の専門分野で好き勝手議論が進むことが許せないみたいだった。


若い教員は若干面倒そうな顔をした。


「今は可能性の話をする時間でしょう。あなたが説明できるかは問題ではありません」


「何だと? 私がこの分野で何年生きてきたと思っている? 私が知らないことを16そこらの子供が知っているとでも?」


「可能性は0じゃないです」


その言葉で、教授の怒りは沸点に達した。


「何を言う! そもそも君は、魔法現象学が何たるか全く分かっていない! そもそもこの学問の基礎理論というのは……」


それ以降教授は若い教員が何を言っても自分の研究分野の説明しかしなくなった。

次第に教員もうんざりとした顔つきになって、


「その通りですね、すみません。勉強不足でした」


と生返事をするしかなくなった。

ユートリアも可能性の話をしているのに、現時点での研究レベルでの所見をひけらかされて辟易した。

頃合いを見て早々に教授の言葉を遮った。


「だとしたら、別の説明が必要だね」


ユートリアがそういうと、また通夜の方に重たい沈黙が流れた。


「…………いずれにせよ、彼がこの学校にいるのは危険なのではないでしょうか?

王室にご報告して、宮廷内で見張っていただければ? 魔力測定器の反応がないのもおかしいですし、彼がいるべきは学校ではなく研究施設でしょう」


教員の一人が口を開いた。周りのほとんどの人間が同意するように頷いた。

しかしユートリアはすぐかぶりを振った。


「ちょっと待ってよ。そんなことはさせない。彼はこの学校の生徒だよ。

わからないことだらけだけど、学校(ここ)で彼のこと知っていったって良いじゃないか」


ですが……と食い下がる教員を、ユートリアは丸め込んでしまった。

教職員の一人はバレないように小さくため息をついた。


ユートリアは学校運営を完璧にこなすだけではなく、必要であれば誰かに任せることは(いと)わない。

その采配も完璧で、自分だけでなく他人にも活躍の機会を与えるのが上手かった。


しかし、王室に頼ることだけは心の底から嫌悪していた。

それは王子として独り立ちするための覚悟というよりは、子どもじみた反抗期のようであった。


「上に報告とかしなくていいから、しばらくは僕に任せてよ。

もちろん他の生徒の安全と、有意義な学校生活は第一に考えるからさ」


学長のその言葉を締めにして、会議は終わった。




ランスは家に帰ってきた。色々と考えなければいけないことはあったが、非常に疲れていた。

決闘の次の日は休んでも良いと言われたことを思い出し、少し寝た。起きてからやっと頭を働かせた。


ジオに勝ったことで、しばらくの間はあの学園に居座ることができそうだった。

しかし新たな問題として、十中八九求められる攻撃手段の説明をどうしようか悩んでいた。


素直に科学の説明をしても受け入れられるはずがない。

外の世界の通説と科学はあまりに違う。


その上、科学そのものさえ、どこか自己矛盾的な思考の上に成り立っていることが否めない。


科学は魔法が中心のこの世界で、一旦魔法を無いものとして考える。


「科学の研究で大事なのは、実験結果だとかデータだとかに、魔法の影響が入り込まないようにすることだ」


とずっと前博士は言っていた。

魔法を一度括弧(かっこ)(くく)って、世界のあり方を説明し直そうとしたら、案外上手くいったんだ、それが科学の始まりなんだと。


そして魔法を排除した後は、全てのものが法則通りに動いていると仮定し、その法則を探究しようとする。


要するに、「魔法がある」というこの世界で最も重要な大原則を無視して、それから他のすべての真理を肯定する。

冷静に考えると、なんて一貫性のないことやってんだと突っ込みたくなる。


さらにそれだけではなく、魔法は人を人たらしめる根拠であるから、科学は反魔法主義・反人間主義的な異端思想だと解釈している人間も多い。

それは一般の人だけではなく、自称「科学者」の連中ですらもそうだった。


実際人間嫌いを掲げるにわかが、自分のことを「科学者」と呼んで事件を起こしたこともあるという。


要するに、外の世界には学問的にも社会的にも、科学を受け入れる思想的土壌がなかった。


だからランスも、科学の永住権を主張しようとも思わないし、この力で何か爪痕を残そうともさらさら考えていなかった。

科学とかいうオカルトは、この隠れ家の中で息を潜めていれば良いと思っていた。


そのため次回登校時にユートリアに詰問(きつもん)されるかと思うと、相変わらず学校が億劫に感じた。

なんとか早めに博士の願いを叶え、とっとと学校から立ち去りたかった。その願いが何か分からない分、どうしようもなかったが。


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