第136話 整理
「早く学校に帰るぞ。進め」
急かすグレンに、ジオもサンもミオンも何も答えなかった。ただ判断を伺うようにランスを見た。
ランスは一歩も足を動かさず、答えた。
「俺は行かない。このままノアを迎えに行く」
グレンはランスの言葉に耳を疑っている様子だった。
「……お前に何ができる? 大人しく軍に任せた方がいい」
努めて冷静に説得しようとしていたが、その言い方にはどこか熱がこもっていた。
ノアの捜索を急ぎたいからこそ、苛立ちが隠せていないようだった。
ランスはグレンの目を真っ直ぐ見返したが、唐突に聞いた。
「軍人って、どれくらい信頼できるんだ?」
国家機関を疑うような、ランスの無礼なくらいの質問に、周りの同級生は焦りを隠せなかった。
グレンは無表情に聞き返した。
「どういうことだ。なぜそんなこと聞く」
ランスは躊躇いなく続けた。
「1人が保護者の気を引いている間に、もう1人が背後で子どもを攫う。誘拐のよくある手口だ」
グレンは昔からよく知っているオルガに疑義がかけられていることに、苛立ちを強くしたように見えた。
あの人はそんなことをしない、と反射的に答えようとしたが、それより早くランスがまた口を開いた。
「ノアはいなくなる直前まで、グレンの手を引いていた。けどさっき、ミオンの発言を受けて、思い出したように周りを見た。
ノアが手を離した瞬間に、グレンは気づかなかった」
ブツブツと独りごとのような調子だったが、捉えようによってはグレンを責めているようにも聞こえ
た。ジオはさすがに気が気ではなく、ランスを凝視した。
ノアの気まぐれで自分の手が握られていることに対して、グレンは気にしなかっただけで、その手がまた気まぐれで離されたところで、気にする義理もないだろう。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、自分が答えるべきではないと思い直し、飲み込んだ。
グレンもランスが自分の責任を追求しているように感じたのか、自分の声音から無理に感情を削いでいるのがわかった。
「そうだな。ノアが消えたことに全く気づいていなかった。だからこれは俺の責任だ。俺が落とし前をつける」
しかし2人の印象に反し、ランスに責任の所在を明らかにする意図はなかった。
「何言ってんだ? ノアが消えたのは、どう考えても保護者である俺が目を離したのが悪い」
「は? いや、俺が悪いだろ。最後に手を引いていたの俺なんだぞ」
「何でそれだけでお前の責任になるんだよ」
「え、なんの勝負? これ」
サンが思わず横槍を入れた。ランスは仕切り直すように口を開いた。
「俺が考えたいのは、なぜノアが手を離した瞬間を、グレンが認識していないのかだ」
「瞬間……?」
ランスのまどろっこしい言い方に、グレンは本意を探りかね、黙って次の言葉を待った。
「グレンは学長の依頼で護衛任務を遂行するため、俺たちから絶対に目を離さなかった。
最初からずっと、全員が必ず視界に入るように立ち振る舞っていたし、サンと会話している間も、俺やノアから2秒以上目を離すことはなかった。
けど、途中からノアはグレンの手を引いた。
そうすると、グレンの上背で小さいノアを視界に入れるのは難しくなる。俺らのことも見張りながらだと尚更。
だからこの時から、手の感覚を意識していたはずで、もしノアの手が急に離れたら、自分の手元に視線が戻る方が自然なはずなんだ」
ジオはランスの発言の根底に、グレンの見張りの隙の無さに対する一定の評価があり、それを根拠に話を進めていることに気づいた。
「確かにそうだな。子どもの手が離れたら見張る目的がなくても気にかける。護衛を意識していたグレンさんが気づかないのは不自然だ」
「じゃあなんで、先輩はノアが離れても気に留めなかったんだ?」
サンが質問を挟んだ。
「気に留めない条件が揃っていたから。例えば俺たち以外の誰かに話しかけられて、立ち止まっていたとか」
「……それが、オルガ軍曹に話しかけられた時だって言いたいのか」
グレンの声は、先ほどよりも落ち着いていた。ランスが闇雲に疑っているわけではないと、段々理解してきたみたいだった。




