第135話 制止
「……ノア?」
ランスの呼びかけに帰ってくる声はなかった。
グレンはハッと自分の周り見やったが、さっきまで手を引いていたノアが消えているのに、その時初めて気づいた様子だった。
「あれ? ノアは? さっきまでここにいたよな」
サンも驚いたように言葉を発した。
ジオも自分の周りを見回したが、ノアを視界に入れることができなかった。ミオンの方を向いて尋ねた。
「ノアが、他の誰かと一緒にいるのを見たのか?」
何かただならぬことが起きたのを察して、ミオンは慌てて思い出そうと中空を仰いだ。
「うん。ノア君が髪の長い大人の女の人に抱きかかえられているのを、この通りの奥の、花屋さんの前あたりで見たよ。
そのまま、あっちの方に歩いて行ったよ」
そういうとミオンは、街道の奥を指差した。ミオンとすれ違う形で、ノアは離れて行ったらしい。
ランスはミオンが指し示す方向を見つめ、考え込むように黙っていた。
「……連れ去られてるな」
水面に小石を落とすようにジオが呟いた。
波紋のように不安が広がった。
「やばいじゃん。早く探しに行かないと。え、ランス何してんだ?」
ジオの言葉に感化され、サンが慌ててランスを見やると、何やら真剣な顔つきで手もとを覗き込んでいた。
サンの声かけを気にかけていない様子なので、軽く肩でも叩こうかと手を近づけると、その前にグレンが一同に告げた。
「全員、すぐ学校に帰るぞ」
サンはえっと驚いて振り返った。ジオもミオンもパッとグレンの方に顔を向け、ランスは軽く頭を上げた。
「え、何でですか? 一刻も早く探しに行ったほうが良いんじゃないすか?」
サンの問いかけにグレンは淡々と答えた。
「ジオが言ったろ。状況的にこれは迷子じゃない、誘拐だ。下手に学生が首を突っ込むんじゃなくて、軍の警官隊に任せた方がいい」
「……警官隊にも相談した方が良いと思いますけど、その上で俺らも探せば良いんじゃないですか?」
今度はジオが真っ直ぐグレンを見て聞いた。
「今は『大文字の修正者』の犯行声明が出ている。その中で起きた事件だ。関連があるかもしれない。
だとしたら、魔力5000を超えた人間が相手になる。自分たちでどうにかするつもりか?」
ジオは返答に窮した。魔力5000なら自分も超えている。しかし相手の方が自分より強い可能性も十分ある。
実際、少し前の脅迫状事件では、学校に来た襲撃者に魔力で競り負けたばかりだった。
グレンの冷静とも冷徹とも取れる言葉に、ミオンは勇気を持って声を上げた。
「でも、軍の人は、ノア君の特徴とか知らないです……! ノア君をちゃんと、探してくれるかわからないです」
「わかってる。だから俺が行く」
「え?」
ミオンが驚いて目を丸くしていると、グレンが続けた。
「全員を学校に送ってから、俺が犯行声明の調査任務に参加してノアを探す。
この事件について招集はかかっていないけど、この辺りの管轄がオルガ軍曹なら、志願すれば参画させてもらえる。
軍に集まっている情報も知ることができるし、その方が調査も早いはずだ。
けど、俺の今の役割はお前らの護衛と安全確保だ。ここに置いていくわけにもいかない。
頼むから一度学校に戻って、後は俺に任せてくれ。
ノアは必ず連れ戻す」
状況を淡々整理し、落ち着いて最善手を導き出している表面的な印象とは裏腹に、最後に語られた「必ず」という言葉は、どこか冷静さを欠いているように感じた。
ノアがどこに連れて行かれたのか、誰に連れて行かれたのか、まだ無事なのか全くわからないはずなのに、その言葉は重すぎる。
ユートリアに頼まれた護衛対象を見失ったことに焦っているのか、
それとも先ほどまで自分の手を握っていた小さな子どもが消えたショックは、周りが想像するよりもずっと大きかったのかはわからないが、
とにかくグレンはこの件について、これ以上何かを間違えることを恐れているようだった。
ただやはり、グレンの言うことはもっともかもしれない、とミオンは思った。
学生がいたずらに探し歩くよりも、ちゃんとした機関に調査してもらった方がきっと安全だし捜査も早い。
ただ一つ問題があるとすれば、ミオンたちにできることが何もなく、ただ大人たちが調査を進めるのを待つことしかできないくらいだった。




