第122話 推薦
グレンは走り去る2年生たちを見届けた後、ランスの方を向いて、
「……あの日の決闘は見ていた。お前の実力は知っているつもりだ」
とだけ言った。
グレンの一つ一つの所作からは、軍人らしい、どこか形式ばった礼儀正しさのようなものがあった。
しかし敵意が無いとはいえ、実力を推し量るために躊躇いなく周囲に魔法を放った様子からは、狂犬じみた荒々しさを感じた。
その凶猛さが危険に身を置く職業的な立場によるものなのか、当人の性格によるものなのかはわからなかった。
ランスに語られた言葉も、どのような意図で発されたのかわからず、ランスは返答に迷った。
グレンはランスが反応を返す前に、すぐジオの方を向き直ってしまった。
ジオは礼を言った方が良いかと思って口を開こうとしたが、グレンが先に本題に入った。
「1年のジオだろ、お前に用があって来た」
グレンは胸元から丁寧に畳まれた1枚の紙を取り出すと、ジオに見せた。
「ユートリア様が、第60期生の生徒会代表の1人として、お前を推薦した」
「え」
ジオはなぜか一瞬ランスを見た後、ゆっくりと推薦状を受け取り、その文字を凝視した。
グレンは承諾か拒否か知るために、相手の反応を待っているようだったが、ジオにとってあまりに想定外だったのか、返事をするのを忘れていた。
「……週明けに生徒会役員会議がある。生徒会の代表が集まり、学長から種々の説明がある。出席するように」
「……わかりました」
ジオがやっと返事を返すと、グレンは黙って立ち去った。
3年首席が立ち去った後も、ジオはしばらく推薦状を呆然と見つめていた。
ランスはジオがなぜそんな反応をするのか分からなかった。
この学校では伝統的に、各学年から2人ずつ生徒会代表に選ばれる。
任命権は学長にあるが、ほぼ例外なく、その学年の首席と次席が選出される。
だから今年の1年生からは、当然最初にジオとミオンが推薦され、2人が断りでもしない限り、そのまま選ばれるはずだった。
ジオにだってそれは自明のことであるはずで、ユートリアの頼み事ならいつも2つ返事で承諾しているのに、今回に限ってなぜこんなに曖昧な態度を取るのか分からなかった。
ジオは推薦状に視線を落としたまま、口を開いた。
「生徒会代表には、基本的にはその年の首席と次席が選ばれるけど、ユリア様がとりわけ優遇したい生徒がいる場合は、その生徒に話がいくこともある」
そう言うとランスに視線を向けて言った。
「ユリア様なら、今年の生徒会代表には、ランスを推薦すると思っていた」
「は?」
当然ランスは推薦されるなんて微塵も思っていなかったし、万が一されたところで断った。
だから突拍子もない予想を立てていたジオに驚きを隠せなかった。
「俺が選ばれるわけないだろ」
「生徒会代表に選ばれると、学長の補佐的な役割を担う代わりに、国からの特別奨学金を取得できたり、学生代表として王国行事への参加の機会が与えられたりする。
王城に招待されることも多くなるし、国王にだって認知される。卒業後、そのまま王国の官職に就くことだって、容易になる」
だからなんだ、とランスは感じた。ジオに説明されたこと全てに興味がなかったし、むしろ聞けば聞くほど、絶対にやりたくないと思った。
ランスが眉を顰めるのに、ジオは気づいた。
「つまり、王室との距離が近くなるんだ。
ランスが王室と近くなることは、多分、ユリア様にとって喜ばしいことだから、まず最初に話を通すと思っていた」
「仮にそう考えていたとしても、どうせ俺は断るだろうから、話するだけ無駄だと思ったんじゃないか?」
ランスが言うと、ジオはどこか確信を持っているように首を振った。
「見切り発車と既成事実を組み合わせた囲い込みは、ユリア様の得意とするところだ。そう言うわけでもないと思う」
ジオにその認識があったことに、ランスは今日一番驚かされた。




