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第11話 要求

次の日、ランスが教室の扉を開けると生徒たちは隠す気もないほどざわついた。

それでも面と向かって話しかける者はおらず、傍目から懸命に視認していた。


教室の端にいたジオも(つと)めて視線を外していた。

彼の近くにはノートンとその取り巻きたちがいて、昨日よりも少し砕けた敬語で、生返事のジオにベラベラと喋りかけている。

昨日の出来事から、ノートンはジオに傍迷惑(はためいわく)な親近感を抱いたみたいだった。


自席に向かうランスに気づくと、ノートンは自分の周りに呼びかけて、ツカツカと近づいてきた。


「お前来たのか。逃げるかどうかかけてたのに」


ランスは返事もせず席に着いた。

ノートンは無視されたことに苛立ったみたいだが、今は学年首席が味方だと言わんばかりに後ろを振り返った。


「無視って、本当に生意気な奴ですね、こいつ――」


そう言いながら振り返って、ノートンはやっとジオがついて来ていないことに気づいた。

教室の窓際で一歩も動かず、静かに校舎の外を眺めている。


自分の言葉が空振って、ノートンは取り繕うように暴言を吐いたが、ランスは無視して自席に向かった。

感情を(たかぶ)らせかけたみたいだが、「どうせこれから、ジオ様にボコボコにされますから」と周りの取り巻きに言い聞かされ、追撃はしてこなかった。


ランスがふと前を見ると、ミオンがじっとこちらを見ていた。

何故か自分が戦うかのように顔を青ざめ、目で「何かできないか」と尋ねていた。

「絶対に関わるな」とランスも視線で返事をした。


約束の時間になった。ランスは昨日ユートリアに言われた場所に向かった。


古代の円形闘技場のような建物で、中央の広場をぐるりと客席が覆う形になっている。そこがこの学校の正式な決闘場だということである。


学長用の見物席にはユートリアが座っていた。彼はランスと目が合うと、微笑みながら手をひらひらと振って合図した。


彼がいたのは、建物の2階部分に作られた特別席で、魔法を無効化するガラスで覆われた小部屋のようになっている。

一般客席と違い、埃の一つも被らずに戦いを間近で眺めることができる特等席だった。

学長の許可がないと入れないその場所には、ユートリアともう一人、知らない生徒が入っていた。


ランスが着いた時にジオはもう到着し、決闘場の中で1人で下を向いていた。

ユートリアが決闘を執り仕切るために立ち上がると、彼の背後にいた生徒が口を開いた。


「ユリア様、俺、やっぱり普通の観客席で見ますよ」

「え、どうして? いいよここにいて。僕が誘ったんだし。ここに一人でいると寂しいから、一緒に見ててよ。というか座ってよ。ずっと立ってるつもりなの?」


怒涛(どとう)の学長の呼び止めに、その生徒は座席を遠慮することしかできなかった。


「いつもの秘書の方はどうしたんですか」


「アンナは治癒魔法だから、下で待機してもらっているよ。やっぱ思う存分暴れるなら、強力な治癒魔法者がいなきゃ。死人を出す訳にもいかないしね」


そうですか、と頷く生徒は気まずそうな顔をしていた。

講義に向かう途中で話しかけられ、流されるままに学長の見物席に通されたこの生徒は、言わずもがなユートリアの「お気に入り」の生徒の一人だった。

胸元の校章は赤と金で縁取りされている。赤は3年生の学年色だ。


「じゃあ僕、一回下行ってくるね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ついに決闘だね。体調はどう? 昨日はよく眠れた?」


けらけら笑いながら近づいてくるユートリアに、ランスはろくに返事もしなかった。

ジオも目の前に立ったが、相変わらずまともに目を合わせようとしてこない。


「決闘では、学校関係者が執り仕切らないといけないから、その役目は僕が担わせてもらうよ。

それじゃ、ルールを確認しよう。まず持ち物だけど、基本的には何でもあり。でも魔法道具だけは事前の申請が必要。ランス君、何か持ってる?」


一応聞いてはみたが、ユートリアはランスが魔法道具を持っていないことをわかっていた。


魔法道具とは、魔法が使える人間が自分の力を他の力に変換したり、保存したりするものである。

だからそもそも魔法が使えないランスがそんなものを持ち込んでも意味がなかった。


「持っていない」


わかりきったことを、とランスは内心呟いていたが、形式的な質問だとわかっていたので素直に答えた。

ユートリアは同じ質問をジオにも投げかけ、同じ返答を回収した。


一般に魔法道具を介せば魔法の威力が弱まってしまうため、普通に魔法が使える生徒も、決闘に魔法道具を持ち込む利点はほとんどなかった。


「じゃあ次に勝利条件だけど、相手を降参させるか、戦闘不能にさせたら勝ちだよ。

戦闘不能の判断はあそこにいる審判がしてくれるよ。殺してしまっても大丈夫だよ」


最後の言葉のあまりに物騒な響きに、思わずランスは眉を(ひそ)めた。

その表情の変化に気づいたユートリアは、軽く弁明するように話を続けた。


「国家レベルで優秀な治癒魔法者がいるから、本当には死なないよ。

身体が木っ端微塵になったって、体温がかすかにでも残っていれば、完璧に治癒できるんだから。安心して」


最後の一言を言う時だけ、ユートリアはジオの方を向いた。

まるでジオに向かって語っているようだった。ジオは返事の代わりに軽く頭を下げて、また顔を伏せた。


「それから……決闘で勝ったら相手になんでも一つ言うことを聞かせられる。

その願いは、戦う前に言うことになっている。じゃあジオ君は、この決闘に勝ったらランス君に何して欲しいの?」


「退学してほしいです」


台本を読み合わせているような、気味の悪いやり取りが続いた。


「そう。じゃあランス君は、ジオ君に何してほしい?」


「え」


そう聞かれて初めて、自分が何も考えていないことに気づいた。

負けないことばかりを考えていて、勝った時のことまで頭が回っていなかった。


「えっと…………」


深く考えこむランスをユートリアはじっと見据えていた。

強請るようにしてジオを差し向けた自覚はあった。だから彼もランスの願いを気にしない訳にはいかなかった。

ジオが負けるなんて全く想像つかなかったが、万に一つ、突然ジオの頭上に隕石が振ってくることもあるかもしれない。

その時にジオが負けて、後を引くような願いだったら気が引けた。お金とかなら良いな、補填が簡単だから、とユートリアは漠然と考えていた。


ランスはまだ何も思いつかず、むしろ困っていた。

自分の願いは学校に留まることだから、ジオの要求が通った以上、その対偶を改めて繰り返す必要はない。


相手の顔色を伺おうにも、相変わらず目を伏せてこちらを見ようともしていない。

その代わりにユートリアはずっとこちらから目を離さず、そのちぐはぐがなんとも居心地悪かった。


間違った相手と戦おうとしているみたいだった。

ランスはその違和感をどうすれば解消できるかを考えた。ふと思いつき、(おもむろ)にユートリアを指差して言った。


「じゃあ、俺が勝ったら、こいつぶん殴ってくれ」


まずユートリアがぽかんと口を開けて言った。


「え」


そしてランスの言葉を咀嚼(そしゃく)するのに時間がかかったかのように、遅れてジオが反応した。


「……は?」


ジオはやっと顔を上げ、驚きの表情でランスを見つめた。

そしてすぐにランスの指先を目で追い、その先にいた学長とも目を合わせた。


ユートリアもジオほどではないが驚いていた。

このような決闘の場で、そんな赤裸々な私怨が願われるなんて考えついてもいなかった。


「……これは負けられないね。ジオ君、頼むよ?」


そう言って子どものようにジオに笑いかけるユートリアは、ランスの願いを面白がっているようだった。


「え……待ってください、なんでそんな……」


「なんか、それが彼の願いみたいだからさ」


他人事のようにケタケタと笑うユートリアを、ジオは本当に当惑した顔つきで見つめている。

仮定の話とはいえ、自分がユートリアに暴力を振るう可能性があるのに青ざめていた。


ジオは今日初めてランスに向かって語りかけ、その要求を考え直させようと試みた。


「ちょっと待ってくれ、どうしてそんな……ええと、俺とお前との決闘なんだから、ユリア様は関係ないだろ」


こいつが関係ない訳ないだろ、とランスは反論しようとしたが、その前にユートリアが横槍を入れた。


「えぇ? 待ってよ、良いじゃん、何が問題なの? 面白いから受けてよ。決闘の要求は絶対だよ」


ぶん殴られる当人にこう言われると、ジオもとうとう受け入れざるを得なかった。


「決まりだね。じゃあ、準備して」


ニコッと笑ってユートリアは去った。大きな円形の領域にランスは足を踏み入れた。


客席をぐるりと見回すと、同じクラスの生徒がほとんど見に来ていた。

決闘の影響でランスのクラスだけこの時間自習になっていた。他の全てのクラスが授業をしている中、心おきなく観覧に来れた。


ノートンに至っては菓子をボロボロこぼしながら開始を待ち侘びている。

唯一見つからなかったのはミオンくらいだった。それから教員用の少しいい席にゾフィと数人の大人が座っている。


そして一番見やすいガラスで守られた特等席の後方に3年首席が佇立(ちょりつ)しており、そこにユートリアが入って行った。


「ねぇ、もしジオ君が負けたら、僕はぶん殴られることになったよ」


「……は?」


見物席に入るなり、何故か爛々(らんらん)とした表情でそう報告しにきたユートリアに、待っていた生徒は驚きを隠せなかった。


「なんでそんなことになったんですか」


「なんか、僕すごく嫌われているみたいだね」


そう言いながら依然笑っている学長に呆れ、その3年首席は言葉を失った。

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