第109話 当然の反応
「最近時間割いてもらってばっかりで申し訳ないね。何かお返ししなきゃかな。なんかある?」
「別にない」
ランスは資料に目を落とし、視線も合わせず即答した。
確かに現状ランスの献身に何もメリットがなかったが、そもそもジオに銃弾を打ち込んだ時から科学の説明は不可避だと覚悟していたので、見返りを求めようとは思わなかった。
しかしユートリアはせっかくの打診を断られても張り合いがないらしく、食い下がった。
「え、ほんとに何もないの? 僕学長だし、王子だよ?」
「どういう意味だよ」
ランスは顔を上げた。自信に満ちたユートリアがいた。
「他の人より、できること多いって意味だよ。何かないの? 欲しいものとか、聞きたいこととか」
「だから別に……」
そう言いかけて、ランスはふと思い出したことがあった。
入学初日、ジオに決闘を申し込まれた夜、博士から手紙が届いた。
そこにはランスが学校に残る方法が二つ示されていた。一つは科学の力を見せつけること、もう一つは、博士の名前を学長に出すこと。
『――俺の名前、ランスのことだから覚えているかもしれないが、忘れていたら俺の日誌に書いてあるから、その名前を出すんだ。
教員とか、生徒とかに言っても意味がない。あの学校の学長にいうんだ。
多分王家の人間がやってるだろうから』
結局ランスが選んだのは最初の道で、その後も博士の名前を出すことはなかった。
出す理由もなかったし、何よりユートリアを全然信頼していなかった。
今も別に、ユートリアへの態度が変わったわけではなかったが、学校内に住むことになったり、こうして定期的に科学について教えることになったりと、以前よりは関わりが深くなった。
博士の名前を、わざわざ隠しておくような意味もなかった。
「……そういえば、一つ聞きたいことがあるな」
「え? ほんと? 何?」
ユートリアは少し驚いた表情で聞いた。自分で聞いたというのに、ランスが自分に尋ねたいことがあるなんて思ってなかったようだった。
「コーサ・アレンダークって知っているか?」
ユートリアの肩がビクッと震えた。
ランスが尋ねると、ユートリアは懸命に記憶の糸を辿るように、しばらく黙り込んだ。そして徐に言葉を発した。
「…………ごめん、知らないや。誰?」
どこかポカンとした様子で、心あたりが一つもないことを表情からが読み取れた。肩が強張ったように見えたのは、どうやら気のせいらしい。
あまりにユートリアが不思議そうな顔をするので、ランスもあっけに取られてしまい、
「いや、別に。忘れてくれ」
と誤魔化すように言った。
そして1人であの時の手紙の内容を反芻していた。
あの日博士が書いたこと、あれは真に受けてはいけなかったのだろうか。
いくら適当に生きていた博士でも、冗談を言うタイミングくらいは心得ている気はするが。
それでも以前もそう感じたが、博士が「王家の人間」と繋がりがあるわけ無いという思いも確かにあった。
博士は10歳くらいで科学者の家に住み始めたと言っていたから、ほとんど建国当初からずっとあそこにいて、その後も外界との関わりを絶って暮らしていた。
王家の人間に認識されるどころか、会うことすらままならないはずだ。
博士の事情を知らない以上、そこにどんな自意識過剰的な勘違いがあったのかは知らないが、名前だけで王家の人間を動かせるほど影響力があるわけがない。
ましてやこの国の3代目にもなるユートリアに言ったところで、わからなくて当然だった。




