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第108話 小講義

 先日、人前で使わないというのを条件に、ユートリアと他の3人にスマホを貸した。

スマホを受け取った瞬間、ユートリアは大いに喜んで、ジオに通話を繋げたり、チャットにメッセージを送ったり、誰かから返事が返ってきたりするたびにすごいすごいと大騒ぎをした。サンとミオンも目をキラキラさせて不思議な物体を動かした。ジオは今後ユートリアから毎日のように連絡が来るとは夢にも思わず、興味深げに眺めていた。


今は最初のテンションもだいぶ落ち着き、若さによる順応の速さも相まってかなり使いこなせるようになった。

そして現在そのスマホを使って日程を調整し、ユートリアとランスは週に1、2回ほど集まっていた。

ユートリアがあまりにも科学を教えてと駄々を捏ねたからだったが、多少なり話が通じやすくなれば良いという狙いもあった。


「……だから、それ以上に分割できない単位を原子と呼んでいる。

物質は原子が集まって作られている。原子は中心にある原子核とその周りを動く電子で構成されていて、原子核は陽子と中性子からなる。ここまではわかるか?」


「わからない……」


ユートリアは真っ直ぐ相手の瞳を見つめながら言った。

ランスは「そうか……」と頷いて考え込んだ。そして目の前の相手に伝わる言葉を探した。


教えると言っても何か切迫した事情があるわけでもないので、大体はこのように行き当たりばったりの講義だった。

特にカリキュラムも到達目標も考えず、ゆるく話をする程度で、ユートリアの理解が遅くても、ランスの話した内容が先進的すぎて最初わかりづらくても、お互い何も気にしなかった。


後ろではジオが黙って聞いていて、サンとミオンは遥か彼方に住む異民族の神話でも聞いたような、あるいは宇宙にでも放り出されたような顔をしていた。

ユートリアは日程の調整をグループチャットで行ったため、他の3人は開催日時を知ると、各々の都合で勝手に参加していた。


サンとミオンはユートリアのように科学への熱心な興味はなかったが、変わったオカルト談義でも聞きにいくつもりで、またそもそも人が集まっているところに遊びにいくのは楽しいので、ランスの講義に赴いていた。ジオはほとんどの講義が当然のように自室で行われたため、自然と参加することになった。


自明ではあるが、ランスを初めとする科学者たちと、この世界を普通に生きている者との間にある隔絶はあまりに大きく、

またそもそも魔法を一度無いものとして考えるという科学のスタートラインに立つことすら、普通に暮らしていたらままならないので、魔法を使わない場合の現実を色々な実験で再現する必要があった。

その上で歴代の科学者が書き残した入門書を読み解き、言葉の定義を丁寧に擦り合わせてから、やっと内容を理解する段階に達した。


亀の歩みのような速度で、進んでいるのかいないのかわからないくらいの学習進度で講義が進んだ。

それでもユートリアは、毎回初見の思考と説明に叩きのめされながらも、「わかれば楽しい」と言って嬉しそうだった。



「それ以上分割できない原子が、陽子と中性子と電子に分割できるってことか? 詐欺じゃね?」


ユートリアの横でギターを弾き、BGMを流しながら適当に聞いていたサンが口を挟んだ。いつもふわっと参加していたので、ちゃんと聞いていたり聞いていなかったりしていた。

ランスが答える前にジオが口を開いた。


「詐欺じゃねえよ。要は性質保ったまま分割できる最小単位が原子って話だろ」


「そんなこと言ってたっけ」


「言ってたよ」


そういうと、別の紙とペンを取り出して、サンに向かって以前の内容を説明した。

ジオはユートリアやサンのように質問を挟むことがほとんどなく、ただ黙って聞いているだけだったので

どのくらい理解しているのかいつもわからなかった。だがたまに口を開くと間違えたことは言わないので、ランスが少し驚かされるくらいだった。


ランスの隣ではミオンが静かに聞いていた。ミオンも話している途中で質問をすることはほとんどなかったが、たまに理解しきれていないことがあるらしく、よく2人になったタイミングで聞いてきた。

また、実験をすることが好きなようで、たまにランスの家で実験が行われた時は、周りが帰った後も成功するまでは続けたがった。


「待って、ちょっと整理させて。

科学の世界では、それ以上分割できない物質の()()みたいなのが原子で、この原子が1種類以上組み合わさって、自然界に色々な物質を作り出しているものが分子で、原子を構成するのが今言ったやつで……」


自分で頼んで教えてもらっているからか、ユートリアは他の人よりも一番真剣に理解しようとしていた。

しかしおそらく、ここにいる中では一番魔法の世界の価値観に順応してもいたので、説明を飲み込むのに最も苦労していた。

ほとんどの疑問がユートリアによって呈され、それが解決される中で、自然と周りの理解が深まっていくのだった。


そんな形で、科学の講義を始めて数週間が経った。

突然ユートリアは言った。


「最近時間割いてもらってばっかりで申し訳ないね。何かお返ししなきゃかな。なんかある?」

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