第107話 少し過去6(ヨルク)
ユートリアは医務室にいた医者にヨルクの額の傷を治させると、そのまま医療用ベッドに押し込むように寝かせた
。
「一体どうしたの? 何があったの?」
「軽く貧血起こして倒れただけです。ご心配おかけしました」
そういうとヨルクは立ち上がって帰ろうとしたので、ユートリアは肩を抑えて止めた。
「貧血ってあんなに倒れ込むものじゃないよ。血が渇いていたし、ちょっと気を失ってたみたいじゃんか。最近ちゃんと食べてるの?」
「食べてますよ」
ヨルクはそういうが、食べている人間の顔つきではなかったのでユートリアは追求した。
「本当? 今朝は何食べた?」
ヨルクは一瞬間を空けて答えた。
「パンですね」
「それと?」
「それだけです」
「それだけ? じゃあ、昨日の夜は?」
「…………パンですね」
ユートリアはそこで、以前ヨルクが食事をしていた場面を見たのを思い出した。
第4図書室がある建物を出てすぐのベンチで、パンをそのまま齧っていた。5分足らずで食事は終わり、また建物に戻っていった。
話を聞いたところ、ヨルクはこのところずっとそんな偏った食事しかとっていないらしい。
ユートリアは昔の船乗りたちが、海の上で満足に野菜を食べられず、貧血や脱力感に苦しんでいた話を思い出した。
「それは…………野菜とか食べなすぎだよ、 あと肉も……」
ユートリアは急に立ち上がり、医務室を出て行った。そしてすぐに、リンゴを丸ごと一つ持って戻ってきた。
「これしかなかった……」
「……逆にどこから持ってきたんですか?」
ユートリアは徐にポケットからナイフを取り出し、慣れない手つきで剥き始めた。
「いや、あの、何しているんですか」
「とりあえず何か食べないと」
「どこの世界に学長にリンゴ剥かせる馬鹿がいるんですか」
「パンしか食べずに倒れる馬鹿はいるみたいだよ」
ヨルクは何も言えなくなった。
「普段からちゃんと食べなきゃだめだよ。学食嫌いなの?」
「別に、嫌いとかじゃないんですけど…………」
ヨルクは少し考え込んで言葉を選び、続けた。
「……面倒なんですよ。色々と」
ユートリアは納得したのかしていないのかわからない様子で黙り込んでしまった。
ヨルクは静かに相手の反応を待ったので、しばらくの間沈黙が流れた。
「……学食の人に頼んでさ、肉と野菜がいっぱい挟まったサンドイッチ作ってもらおうか。
それで食事の時間にヨルク先生のところに持って行ってもらうよ。そしたら野菜と肉食べ損ねることもなくなるでしょ」
「え、いや、わざわざそんなことさせても迷惑じゃないですか」
ヨルクが首を振ると、ユートリアは言った。
「ずっとじゃないよ。とりあえず、一時的な対応として。
サクッとご飯を食べたい人は、ヨルク先生以外にも多いだろうし、学長権限でパン屋を建てるよ。
色んな種類のパンとかサンドイッチが食べられるお店にしようか」
どこかふざけた調子で言われたので、ヨルクは冗談だと思って聞き流した。
ユートリアも特に流されたことは気にしていない様子で
「できた。はい」
と言ってリンゴをヨルクの口に入れた。
ヨルクはユートリアの言葉を全く信じていなかったが、予想に反し、全ての有言が実行された。
数週間の間毎日、第4図書室の前まで軽食が届くようになり、1ヶ月もしないうちに学校内にパン屋ができた。
ユートリアがパン屋新設の話をすると、ヨルクはいつもの無表情を忘れて驚きのあまり絶句した。
そんなヨルクの顔を見て、ユートリアはイタズラが成功した子どものように笑った。




