第106話 少し過去5(ヨルク)
ユートリアは第4図書室が気に入って、その後も何度か足を運んだ。
会いに行くたび、ヨルクはあの時と全く同じ体制で、背中を少し丸め、窓際の一番奥の席で、ユートリアに気づくまで本を読み耽っていた。
いつ見ても同じ姿形なので、ユートリアは絵画でも鑑賞しに来ているような気分になった。
ヨルクの古書の知識は相変わらずユートリアから見ても驚くほどで、こんな資料が見たい、と言えばすぐ適切な文献を渡された。
多少無理難題を言うこともあったが、確実に結果が返ってきた。質問への回答も的確で、意見と事実を切り分けながら、適切に言葉を挟んでユートリアの読解を助けた。
ユートリアにとって不思議だったのが、自分や理事長や他の教員には必要最低限しか表情を変えないヨルクが、ごく稀に来る学生に対しては、ちゃんと笑いかけることだった。
学校の課題か何かで、少し変わったテーマを選んで、大きな図書室に資料が見つからなかった学生がすがるようにやって来る。
恐る恐る図書室の扉を開いた生徒に向かって、ヨルクは温かく出迎えながら、話を聞いて、相談に乗って、励ましながら見送った。
ユートリアは一度、ヨルクに対して学生に柔和な態度を取る理由を尋ねた。
「俺が生徒の障壁になって古書に近づけなかったら、元も子もないじゃないですか」
と普段の落ち着いた口調で答えた。
「その態度、少しでも理事長とか他の先生に向ければあんな嫌われることないのに」
理事長に嫌われ、その取り巻きの教師たちにも距離を置かれていることは自他共に認めるところだったので、ユートリアは容赦なく口に出した。
「……必要あります?」
ヨルクは真面目な顔をして応答した。
結局その後、ヨルクの保身は本当に必要なくなった。
理事長はユートリアが正式に就任する少し前、内部告発を受けたらしく、気づいたら汚職で逮捕され勝手に消えた。
ユートリアが学長に就任した後も、ヨルクは第4図書室の司書であり続けた。
時折教職の話を打診してはみたが、ヨルクが断ると、ユートリアは特に気にせず受け入れた。
たまに会いに行って古書の話を聞いたり、調べ物を手伝ってもらったりするだけでユートリアは満足していた。
ある日、ユートリアがまた第4図書室に赴き、ヨルクに会いに行った。
いつものように、少し背中を丸めた姿勢で、静かに本を読んでいると、扉を開けるまで信じていた。
しかしまずユートリアの目に入ったのは、窓際の机に置いてある開かれたままの本と空っぽの座席、
次いで椅子の足元に視線を移すと、床に身を投げ出し横たわるヨルクがいた。
「ヨルク先生!? 大丈夫!? どうしたの!?」
思わず声を荒らげて駆け寄ると、ヨルクの頭が少し動いた。
重そうに身体を持ち上げて、乱れた髪の間からユートリアと目を合わせた。
「あぁ、ユリア様。大丈夫です。なんか、寝てました」
ヨルクはそう言いながら額を擦ると、赤黒い血が少しついた。
倒れ込んだ勢いで切ったみたいで、もう乾き切っていた。
「えぇ!? 血が出てんじゃん、医務室行かなきゃ!」
ユートリアはそう言って半ば引きずるようにヨルクを医務室に連れていった。




