第104話 少し過去3(ヨルク)
「けど、経歴に疑いがなくても、理事長は俺を辞めさせる魂胆らしいですよ」
ヨルクはまた、なんだかどうでも良さそうに言った。
「なんで?」
「学校の役に立ってないから、だそうです」
「古書の管理をしているんでしょ?」
「そうです」
「それの何が問題なの?」
「それだけですから」
「それだけ?」
ユートリアはそういうと、改めて図書室を見回した。
薄暗い室内は陰気な雰囲気を放ち、大量の古書は室内の重苦しさを助長したが、
一冊一冊に目をやるとその全てが見事に手入れされており、どの本棚をのぞいても、埃一つ積もっていなかった。
暗い空気はむしろこの場所のせいだった。南向きの大きな窓と、そこから降り注ぐ陽の光から、古書を守るために閉ざされた重苦しいカーテン。この部屋以外の、周りの教室が暖かな陽光をためらうことなく取り入れるせいで、ここの暗さがさらに際立つようだった。
この図書室を最初に作った人は、あまり古書に気を回していなかったのかもしれない。
「こんなにたくさんの本の管理、大変なんじゃないの?」
ユートリアがそういうと、
「別に、そうでもないですよ」
と、謙遜なのか本心なのかわからない口調でヨルクは答えた。
そして、話は終わりですか、とでも言いたげな目でユートリアを見つめた。
それまでユートリアは何人もの教員に会った。大抵はユートリアの若さに舐めてかかるか、その身分の高さに恐縮していた。
実際この学校で、この国で、なるべく平穏に暮らしたいと思ったら、ユートリアへの対応に気をつけるのはとても正当なことであり、
理事長のように謙って取り入るとまではいかなくても、自分の振る舞いに敵意を感じさせないように、普段より一層発言や態度に注意する。
しかしヨルクはそういった態度を一切とっていない。
まったく保身をしないその態度は、相手に興味がないのか、自分自身に興味がないのかユートリアには判別つかなかった。
いずれにしても、だから理事長とあそこまで軋轢が生まれたのかと納得した。
ユートリアは声に出さずともわかるくらい、馬鹿正直なヨルクの態度を気に入った。
欲や権力やなんかじゃなく、自分の思考に基づいて行動する人間は総じて好きだった。
ヨルクの目が退出を促していたことには気づいていたが、まだ帰りたくなかった。
「僕、昔、シエル大帝国の文学を読んだけど、そこに出てきた『アルカナの曲線舞踏理論』っていう単語がよくわからなかったんだよね
それについて説明されている本とかないかな」
ユートリアは適当に思いついたことを言ってみた。
その本にその単語が出てきて意味不明だったことは事実だが、それをヨルクに言ってどうにかなるのかは知らなかった。
ヨルクは一瞬考え込むように視線を逸らすと、すぐどこか別の方向に歩き出し、一冊の本に手を伸ばした。
それを引き出し、ユートリアの前の机に置くと、表紙を持ち上げページを繰った。
「どうぞ」
ユートリアは一瞬驚いて静止し、覆い被さるようにその本を覗き込んだ。そしてそこにある文字を目で追った。
内容を理解するにつれて、そこに書かれているものはさっき出した単語の出典だと思われる、当時の芸術家たちの議論だとわかった。
「すごいや、こういうことだったんだ。ここにある本全部頭に入っているの?」
ユートリアがパッと顔を上げて尋ねると、
「別に、そういうわけでは」
と、また意図の汲めない返事をした。
ユートリアがまた何か聞こうとした時、廊下の奥からドカドカと近づいてくる足音があった。




