第10話 選択肢
長い長い入学初日が終わり、魔法列車と馬車を乗り継いで帰ってきた。
十全な施設と広い敷地を確保するため、魔法学校は王都から少し離れている。
生徒のほとんどは寮に住んだが、いつ退学になるか分からないランスは、片道3時間とそれなりの交通費をかけて家に帰っていた。
一日募らせた疲労が長い通学路でさらに重なり、本当はすぐにでも寝たかった。
しかし明日のことを考えなければならない。決闘を申し込まれたとはいえ、ランスにはまだ悩む時間が残っていた。
ランスはジオの決闘を受けた。
しかし決闘は成立後24時間以内に行うという規則であったので、開始を明日の11時に取り決め、一旦家に帰ることに成功したのだ。
ランスは改めて明日学校に行くかどうか悩み始めた。
全てを投げ出してこのまま2度と学校へ行かなければ、どんなに楽かと考えた。
案の定地獄のようだったし、通ったところで得られるものは何もないし、不戦敗という不名誉な称号を気にするプライドは露ほどもなかった。
それでもまだどうにか足掻けるような気もしていた。
諦めることが後にどれほどの後悔を生むのか計りかねた。
どちらに進んでも苦しさしか見出せず、ランスは疲れて目を瞑ってしまった。
失いかけたランスの意識は、郵便受けに何かが落ちる音で呼び戻された。
唐突な知らせに、ランスの脳は驚き、パチパチと興奮していた。
しばらくはじっと郵便受けを見つめ固まったが、ついに意を決して箱を開けた。
あの時博士届いたものと同じ便箋で、同じ字で宛先が書いてある、一通の手紙が確かに入っていた。
無意識のうちにペーパーナイフを探し出し、封を切った。
一枚の紙を取り出して、ゆっくりと開いた。
『ランス君、ヤッホー(^o^)(笑)元気にしているカナッ!?( ̄ー ̄?)
ランス君の大好きは博士ダヨ(^з<)(笑) ナンちゃって^^; 』
引き裂かれた手紙の上部が舞った。
さらに手に残った手紙まで勢いに任せ床に叩きつけた。紙だったので幸い、少し皺がついただけですんだ。
『場を和ませようと思って、こんな冒頭にしてみた。和んだだろうか』
「ふざけてんじゃねぇぞクソが。何も面白くねぇよ」
この冒頭の文に抱いた感情だけで判断して、心置きなくバックれようかと思った。
が、悪ふざけは冒頭だけで終わっていたので、なんとか気を取り直してまた読み始めた。
『最初に書いておくと、ここにもまだ、ランスを学校に入れたかった理由は書いていない』
苛立ちがさらに募るようで、手に力がこもり、また手紙に皺を増やしてしまうところだった。
努めて冷静に文字を追った。
『この手紙の本題だけど、学校が始まったと思うんだ。
この手紙は入学初日に届くように手配している。
そしてそこでお前は、あまり歓迎されていないかもしれない。杞憂だったら良いんだけど』
残念なことに全く杞憂ではない。
苛立ちを消化し切れておらず、分かっているならあんな所行かせるな、と思わず声に出した。
歓迎されていないどころか、決闘まで申し込まれ、明日退学になるかならないかの瀬戸際だ。
しかし次に続く文で、博士はランスが今まで募らせていた苛立ちを驚きに変えてしまった。
『今日1日過ごしてみてどうだっただろうか。
やっぱりあんな所行ってられないと思ったら、もちろん即刻やめてしまって構わない。
しかしもし、万が一もう少しだけ学校に通ってくれる気があるんなら、退学にならない方法を教えておく。
2つあるから、好きな方を選んでくれ』
今の自分の立場で、退学にならない方法が2つもあるなんてちょっと信じられなかった。
ランスは黙ってその先に目を通した。
『1つ目の方法は、俺の名前を出すことだ』
「……名前?」
ランスは思わずつぶやいた。
博士の名前は昔一度聞いたことがある。
確かコーサ・アレンダーク。しかこの名前で呼ばれたくないと言っていたので、ランスはずっと博士と呼んでいた。
どうして名前を呼ばれたくないのかはわからなかった。
少なくともその名前を、文献だとか、指名手配書だとかで見かけたことは一切ない。
『俺の名前、ランスのことだから覚えていると思うが、念のため俺の日誌にも書いてあるから、その名前を出すんだ。
教員とか、生徒とかに言っても意味がない。あの学校の学長にいうんだ。
多分王家の人間がやってるだろうから。
とにかく、そいつに俺の名前を出せばいい。そうしたら、多分退学になることはなくなる』
博士の言うことをランスはうまく飲み込めなかった。あの名前を出したかってどうなると言うのか。
そもそも博士はランスと同じような境遇で、身寄りがなくて10歳くらいでこの家に拾われ、それからほとんど外部との接触は避けていたはずだった。
どう考えても王家と繋がりがあるとは思えない。
そんな疑問を抱えながらも、ランスは次の文を読み進めた。
『2つ目の案は、科学を使うことだ』
その文は1つ目の方法を霞ませてしまうほどランスを驚嘆させた。
この家から科学を出すことは、一切禁止されているはずだった。
『科学は、そもそもの考え方がどうしても受け入れられなくて、妄言とか過激な宗教みたいになっている。
この国でも取り締られたりはしないけど、危険な思想みたいに思われている』
もちろんランスはそれを知っていた。だからこそ純粋に科学を極めようとしたこの家の科学者は、国に隠れて静かに研究していたのだ。
もし科学の研究がバレてこの家を探られたら、今まで積み重ねられた研究成果が全て火に焚べられることだってあり得る。
博士は常々言っていた。「科学者が一番恐れているのは、自分達の発見が軽視され、なかったことにされることだ」と。
『でも、昔の科学は抑圧に対し、あまりに非力だった。今は違う。
この家で少しずつ発展した科学は、もう大きな力をつけている。ランスがそれを昇華したんだ。認められないはずがない。
以上』
結局どこか的を射ないような、含みある言い方で手紙は終わってしまった。ランスはまだ迷っていた。




